【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
 マリアは、ここにきてようやく体の力を抜いた。レースの扇を開き、口元に寄せる。

 武器は手元にない。
 けれど、銃を持つダグラスと同じ、獲物を逃さない狩人の瞳をしていた。

「わたくしがレイノルド様を取り戻すのは、恋を守るためですわ」
「恋なんて――」

「くだらないとはおっしゃらないでしょう。お兄様は恋愛結婚なのですから」

 ずばりと指摘すると、ダグラスは悔しそうにうなった。
 彼が義姉と大恋愛の末に結ばれたのは、もう七年の前の話だ。

(夫婦仲が睦まじいおかげで、お兄様の凶暴性が抑えられてありがたいわ)

 おかげで、兄はマリアがかわいい物をかき集めていても何も言わなくなった。
 彼自身、我が子にフリルやレースたっぷりの服を着せるようになったため、そういった趣味を悪く言えなくなってしまったのだ。

 わかりやすく実直である。
 決めたことはひっくり返さないし敵認定した相手には容赦ない。

 これほど頼りになる味方もいない。

「お兄様が協力してくれれば百人力ですわ」
「協力というからには、私に望むことがあるはずだ」

 主の命令を待つ狩猟犬のように視点を定めるダグラスに、マリアは自分にはできない重要任務を与える。

「お兄様は、ルビエ公国での第五公女ルクレツィアの立場について調査してください。彼女は勉強のために来たと言ってましたが、わたくしには取り入る相手を探しにきたようにしか思えませんの」

「わかった。お前はどうする」
「まずは、レイノルド様の御身の安全を図りたいと思っております。アルフレッド様は頼りないので味方を増やしますわ」

 マリアは、そっとブローチに触れた。
 ひんやり冷たい感触に目が冴える。

(待っていてください、レイノルド様)

 自分を忘れてしまった恋人へ、届かない言葉をつむぐ。
 もしも神様がいるのなら、彼の夢の中に自分を出してほしい。

 夢の中でなら、今も愛しているって伝わるかもしれないから。

(……なんて)

 らしくなく感傷的な自分を、マリアは髪を手で払って笑った。

< 344 / 420 >

この作品をシェア

pagetop