【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい
「働かせるわけないじゃない。陛下の前では侍女にするとは言ったし、本人はしつこく宮殿にやってくるけれど、誰をそばで働かせるか決めるのは私よ」

 つまり、王妃はマリアが侍女に志願した目的をわかった上で、採用してくれたのだ。
 見えにくい優しさに敬意を抱きつつ、マリアは彼女が置かれた状況を思って共感した。

「公女殿下を侍女扱いはできませんね」
「それだけではないわ。あの子、ちょっと危ういのよ」

 王妃は、タルトを口に運んで「いい味だわ。さすがジステッド公爵家のパティシエね」と褒めた。
 マリアは、カップを王妃の前にすっと出す。

「危ういとは?」
「あの子、自分の侍女を宮殿に送り込んで雑用をさせようとしているの。別邸だってそれなりの広さがあるのに、そちらは執事一人に管理させてね」

 マリアは自分がリフォームに関わった別邸を思い浮かべる。
 部屋は急ごしらえで補修したが、厨房など水回りは時代遅れの設備なので、まっとうに暮らそうと思ったらかなりの人手がいる。

 タスティリヤの田舎でかき集めた雇われ侍女と執事オースティンが、毎日あくせく働いてやっと維持できるレベルである。

「掃除係や洗濯係が仕事を取られると訴えにきたので、レイノルドに止めてもらったの。そうしたら、面倒を見てもらっているお礼がしたいとこちらに訴えに来たわ。白々しいことね」

 王妃は忌々しそうに新しい紅茶を飲む。

「ルクレツィア様は、侍女を宮殿に食いませて、乗っ取るつもりなんですね」

 単純だが確実な手だ。

 侍女として王妃に取り入る計画がとん挫したルクレツィアは、別の手を打つよりなくなった。
 そこで考え出されたのが、侍女を末端に送り込むこと。

 彼女の駒は少ないが、立場が弱いゆえに警戒されにくいという特性も持つ。
 蜘蛛の子が気づかないうちに箱の中に群れるように、宮殿に侍女たちを潜り込ませて自らの意志で操ろうとしていたのだろう。

 糸のように白い髪がからみついた田舎の娘たちは、愚鈍なまでに素直だった。
 自分が利用されていることにすら気づかず、今日の献立から重臣の交友関係の情報まで拾い上げて、親元であるルクレツィアの元へ運んでいく。

 マリアは、ペイジの助手として接触した時を思い出して、しみじみ呟いた。

「まるで、蜘蛛のような方だわ」

 蜘蛛は嫌いだ。美しい花を観賞していたら、いきなり葉の裏から現れるあの衝撃は何度あっても慣れない。
 虫と呼ぶには異様な多肢も、べたべたして厄介な糸も、ありとあらゆる全てが苦手である。

「あの子は、蜘蛛は蜘蛛でも毒蜘蛛ね。高嶺の花に追い返すことができるかしら?」
「わたくしも毒花と呼ばれた身ですわ。必ずや、王妃殿下のご期待に応えましょう」

「それは心強いこと」

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