許されるなら一度だけ恋を…
「あぁ、家元のお弟子さんでしたか。今日は何用で?」

桜さんから説明があったのか全てを把握した彼は、俺に笑顔を見せて話しかけてきた。

何だろう、この感情は。何かモヤモヤしてきた。

「家元からこの着物を持って行くように言われまして」

頼まれていた家元の着物を彼に渡す。これで任務完了だ。

「では僕はこれで」

ペコっと一礼して店を出る。さて華月家に戻ろうとしたその時、桜さんも俺の後をついて店の外に出てきた。

「私も家に帰ろうとしてたところなので、ご一緒しても良いですか?」

帰り道、呉服屋の若旦那が幼馴染みである事、後継ぎ問題を抱えてお見合いをしている事など色んな話を聞いた。

「私、色々話し過ぎですね。ごめんなさい。何だか奏多さんって話しやすくてつい……」

「全然構いませんよ。桜さんの話なら何でも聞きます」

「ふふ、何か嬉しいです。頼れるお兄さんが出来たみたいで」

『お兄さん』か。そのポジションでもいいや。桜さんが笑ってくれるなら俺は余裕ある大人を演じて、頼れるお兄さんになろう。



「何か色々思い出してもうたな」

過去の記憶から現実に戻った俺は、シャワーを止めて濡れた髪をタオルで拭く。

部屋に戻ると、桜さんがベッドから起き上がりキョロキョロしていた。そして部屋に戻った俺に気づくと、何かを訴えるようにジッと見てくる。その表情がこれまた可愛い。

シャワーで頭を冷やしたはずだけど、桜さんを前にするとやっぱり本能が働き、余裕を無くした俺は結局桜さんを抱いてしまった。

余裕ある大人の男を演じるのはもう無理やと、この時悟った。
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