奇妙でお菓子な夕陽屋

主人公ノート ヨコギリさんと青空キャンディー

 
 運転手の男は、見たことのないノートが車のダッシュボードの上にあることに気づく。使い込まれた感じの白いノートだが、書いてあるのは1ページ目だけだった。ノートの表紙には主人公ノートと書いてある。

 裏表紙には、
『あなたが主人公です。ここに書かれているノートの内容はこれからあなた自身に起こる内容です』
 と書いてあり、誰かがふざけて車内においたのではないかと運転手は思った。1ページ目には、都市伝説の妖怪か何かの説明書きのようなものが書いてあった。

【ヨコギリさん】
『交通事故の大半はヨコギリさんが原因。運転中に目の前をヨコギリさんが横切ると交通事故を誘発する。あなたの前にヨコギリさんが通るだろう。

 夕方薄暗くなる時間に、運転手は何かがよこぎるのに気づく。急いで、急ブレーキを踏んだ。夕方の薄暗くなる時間帯、交差点などの人と車が交わる場所には魔がひそむと言われている。それによっての交通事故が起こってしまう。

 原因は、ヨコギリさんだ。ヨコギリさんをひいてしまわないように運転手が急ブレーキを踏む。すると、後ろから来た車も急ブレーキを踏み、その後ろからきた車も急ブレーキを踏む……。それは、玉突き事故と言われるもの。何台も車が衝突することがあるだろう』

「なんだ、誰かの創作物語かよ、妖怪とか信じてないんだよな」
 運転手は普段、あまり小説は読まないし、不思議な話にも興味がなかったので、すぐノートを置いてしまった。

 しかし、そのときはすぐにやってきた。実際に何者かが横切ったのだった。黒い体をした人間のようなものが横切ったので、男は驚いて急ブレーキを踏んだ。危機一髪というところで、玉突き事故にはならずに済んだ。

 男は怖くなり、ノートを読んでみた。書いてあることが本当になるのだろうか? もしそうなれば、玉突き事故というものになってしまうのだろうか? 冷や汗を握った男は少しだけノートを信じていた。もし、事故を回避できれば、未来を操作できれば一番いいのだが。ノートの中に、都市伝説の館への連絡方法が書いてあった。でも、そんなことを信じていては仕事で必要である運転なんてやっていられない。

 思い直して運転を始めたが、どうも天気が悪いのと夕暮れ時というのもあって、視界が悪い。薄暗い中での運転は歩行者も対向車もなかなか見えずらいものだ。先程のノートのことが頭をよぎる。安全運転がモットーの男だが、雨の水がライトに反射すると前があまり見えない。スピードを落として運転を継続する。

 すると――なにかが、横切る。全身が黒い人間のようにみえる。薄暗いせいだろうか? 不思議なオーラに包まれた人間のカタチをした黒い生物というイメージだった。人間ではなく、人間のカタチをしたという表現が適切だと思った。しかも、立ち止まってしまい、このままではひいてしまいそうだ。でも、急ブレーキをかけると後ろの車が衝突する可能性というのも頭をよぎる。もしかして、ヨコギリさんだろうか? 安全運転を心がけていても悪天候と相手の不注意は自分ではどうにもならない。自分がいくら安全運転をしていても事故を回避できない。そう思った男は、急いで路肩に車をとめた。もちろん、後ろから車が来た時に邪魔にならないような場所でちゃんと駐車しているというハザードランプを点滅させる。他の車から見えるようにライトもつけておく。とりあえず、こわくなった男はノートを開いた。解決方法がないだろうか?

『夕陽屋の黄昏夕陽は主人公ノートの所有者です。困った時には黄昏時に強く助けてほしいと願ってください』

♢♦♢♦♢♦♢♦

 そんなことがあるはずがないと思いつつ、このまま事故を起こしそうな予感がした男は急いで思いを強める。すると、雨で薄暗いはずの車内から、知らない広い場所にいた。そこは、古びた駄菓子屋のようだった。いつのまにか知らない店の中に入っていたのだった。たくさんの品物が並べられており、手前の方にはたくさんのお菓子や雑貨のようなものが置いてある。

「あなたが、今日の主人公か」
「黄昏夕陽っていうのは君か?」
 ミステリアスな少年が男の目の前に現れた。

「そうさ。このノートに書いてあるヨコギリさんが引き起こす事故を回避したいのかい?」
「信じているわけでもないが信じていないわけでもない」
「半信半疑ってことか。このキャンディーと引き換えにあなたの楽しい時間をもらうよ」
 夕陽は宝石のようなブルーに光るキャンディーを掲げた。それは、とても美しく手に取りたくなってしまう魅力があった。今日の空とは真逆の青い空を連想させるような青さだった。

「空色キャンディーを食べるとヨコギリさんが見えなくなるんだ」
「霊力が下がるのか?」
「ヨコギリさんは普通の人にも見えてしまう都市伝説のひとつさ。世の中には見えないほうがいいってこともあるんだ」
「君は何者だい? もしかして悪霊退散の仕事をしているのかい?」
「たくさんの物語を集めているのさ。その結果が奥にある人生の書庫」

 夕陽は、部屋の奥にある本棚を指さす。たくさんの本が並べられている。

「これは全部私が集めた物語なのさ。あなたがこの物語の主人公として本棚に彩を添えてくれるのならばキャンディーをあげてもいいよ。あなたの物語をこの本棚においてもいいかい?」
「別にかまわないよ」

 気づくと男はキャンディーをにぎりしめたまま車の中に戻っていた。あの少年は夢だったのかと思うが、キャンディーを見つめていると夢ではないということがわかった。そして、すぐに青いキャンディーをなめた。

「あまくて、さわやかな青空の味がした。空を食べたことがあるわけではないが、たしかに青空の味だった」

 そのあと、館を出ると、車の中に戻っていた。そして、なぜか天気が悪く視界は悪いのに、青空の下を走っているかのように視界がクリアだった。ヨコギリさんらしきものは見えない。玉突き事故にならずに済みそうだった。

 男は油断していた。運転が楽しくて仕方がないと思っていた時に、なにかにぶつかった。でも、何も見えない。透明人間だろうか? もしかして動物をひいてしまったのだろうか? そのまま男は何も見えないので車を走らせて帰宅した。

 この男は何にぶつかったのか? 

 答えは人間だ。人間にぶつかったのだけれど、横切る人を全て見えなくしてしまう青空キャンディーのおかげで何も見えなかったのだった。未来ノートによれば、この交通事故はすぐに誰かが通報してひき逃げ犯として彼が捕まることは確定されているようだった。

 ヨコギリさんが見えなくなるだけではなく、普通の横切る人間が見えなくなるなんて、危険なキャンディーだったらしい。そして、こんな不可思議なノートをわざと置いたのは、他ならぬ黄昏夕陽しかいない。
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