それでも、精いっぱい恋をした。


あかねくんを家の近くまで送り届けた。

もうここまでの道もすんなり来られるようになって不思議な感じだ。


「今日はありがとう。楽しかった」


照れも恥じらいもなく彼は柔くつぶやく。

わたしもヘルメットをとって「…こっちこそ」と、強がって返す。


じゃあ、と言おうとしたら、あ、という顔をした。

なにかと思えば、あかねくんの指先が、ほおをかすめた。一瞬の出来事。


同時にぴりっと痛みが生じる。


「血出てる」


親指についた赤を見せてくる。いや、だからって触るなよ。


心臓、うるさい。

顔が血より赤くなるんじゃねえかと、心配になる。


「メット外したときにがりっとやったっぽい」


平静を演じながらつぶやく。わたしの親指の爪もちょっと赤くなっていた。見せると彼に手を取られ、ポケットから取り出したハンカチでそこを拭われた。


手が、ひんやりつめたい。

秋の夜って涼しい。
寒いならはやく帰れよと思う。


それなのにあかねくんは自分の親指よりも、わたしの頬に優しいハンカチを宛ててくる。


「…ずいぶんかわいらしーハンカチじゃん」

「ああ、これ、前付き合ったひとからもらった」


そういうのは大切にするタイプなんだ。


「洗って返す」

「え、いいよ」

「いいから」


赤とピンクと茶色と、差し色に緑。クリスマスプレゼントだったのかな。アーガイル柄のそれを、せっかく優しくしてもらったのに何かがつまらなくて、強引に奪う。


「…じゃあ」

「うん、気をつけて」


そう言いながらあかねくんはその場から動こうとしない。だからレッドボーイのエンジンをかけて、離れたくないのに、こっちから離れなくちゃいけない。

ミラー越しに、見送ってくれる彼の姿をちらりと見る。


返すって言ったけどさ。

……アーガイル柄みたいに、交差するわけじゃない。


確証のない。守れるかもわからない、約束とも言い難い曖昧なもの。

角を曲がって、見えなくなった。


だけどあかねくんの淋しそうな笑顔は、いつまでも頭のなかで、繰り返し浮かんだ。


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