錬金術師のお姫様
「ロキってばさぁ、一日中できるだけずーーーーっと隣にいたって、隙が全然無いんだもん。今まで一緒に過ごしてきた13年の間で頬っぺたに抜けたまつ毛がついてるのとかも見たこと無かったし。思い余って直接ぶち抜こうとしても背が高過ぎて手が届かないしさぁ」
魔力も、血も、命すらサクラに。
そう忠誠の口づけをした銀髪の少年は、その誓い通り絶対的な力でサクラを守ってきた。
彼が少年から青年へと成長し、宮廷魔術師を統べる存在となった後も外交や公の場はもちろん、サクラの私的な外出の時にも常にその涼やかな姿が側に在った。
それは王女であるサクラが望んだことでもあったが、その王女の望みすら断れる立場になっても、ロキはサクラの護衛を外れなかった。
「だからさ、てっきりロキの方だって私のこと好きなのかなー?! って思うじゃないっ? でも全然そんなことないんだもん……っ」
けれどそんな王女の想いに宮廷魔術師が応えることはなかった。
『貴女はきっと、兄のような俺への気持ちを恋と勘違いしているんですよ』
そうサクラの恋心を否定するくせに。
彼はいつでもサクラの側に居て、その圧倒的な魔力で彼女に害なすものから彼女を守るのだ。
「……おかげで危うくこの国の蚊が絶滅するところだったわよね」
あれはサクラが14歳、ロキが21歳の時だった。
他国の王族を招いて開かれたダンスパーティーの直前に、蚊に刺されたサクラの頬が赤く腫れてしまったのだ。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! いなくなっちゃう! 蚊が、いなくなっちゃう!』
『危ないから離れてください。こんな虫けらが貴女の顔を傷つけるなんて許されない。その一族の命で償うべきです』
『大丈夫だからっ! こんな蚊に喰われた跡くらい、私の調合した薬ですぐ消せるから……!』
絶対零度の瞳で魔力を発動させようとする魔術師長とそれを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、王族たちはそれはそれは愉快そうに笑いながら見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は蚊どころか城周辺が焦土になるかと思った。
「4年前の夏には太陽を壊そうとしたわよね……」
サクラ15歳、ロキ22歳の4年前の夏。
あの年のサウザグルスは異常気象とも呼べる猛暑で王宮の庭に陽炎が揺れるほどだった。
そんな暑い日に、お転婆なサクラは日傘もささず、帽子も被らずに錬金術に使う薬草を育てる花壇の世話をしていた。
『サクラ、帽子を被ってください』
『ダメよ。そんなツバの広い帽子を被って世話をしたら貴重なアゼロナの茎に当たって傷つけちゃうわ』
『じゃあ俺が貴女に日傘をさしますから』
『魔術師長様にそんなことさせられないわよ。私のワガママでロキに護衛してもらってるんだから気にしないで』
貴重な錬金術の材料も大事だし、恋する相手に負担もかけたくない。
そんな錬金術師としての信条と乙女心が、サクラを直接日光に当て続け視界を白く歪ませた。
くらりと後ろに倒れたサクラの身体をすかさず黒のローブが受け止める。
すぐさまかけられたロキの治癒魔法で大事には至らなかったが、サクラが日射病になりかけたことでどうなったか。
目を覚ました自分の無事を確かめた後のロキの行動に、サクラは自分の迂闊さを激しく後悔することになる。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! なくなっちゃう! 太陽が、なくなっちゃう! 困るから! 世界が真っ暗になったら困るから!』
『危ないから離れてください。こんな恒星ごときが貴女を害するなんて許されない。その存在の抹消で償うべきです』
『大丈夫だからっ! ロキの魔法のおかげでなんともないから! て言うか太陽がなくなったらそれこそ生きられなくて本末転倒だからっっ!!』
昨年のダンスパーティーの蚊事件に続き、またしても絶対零度の瞳で空に向かって魔力を発動させようとする魔術師長と、それを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、やはり王族たちは腹を抱えて大笑いで見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は世界全体が暗闇に包まれるかと思った。
あの太陽消滅未遂事件のおかげでサクラが開発した首から下げられる『小型送風機』は、今ではサウザグルス国民の夏の必需品になっている。
「ロキってば、普段は冷めてるくせにたまに過保護過ぎておかしくなるんだから……」
だからこそ。
だからこそサクラはロキへの恋を諦められないのだ。もしかしたら彼も自分を同じくらい想ってくれているのではないかと。
そして錬金術のレシピで【媚薬】の文字を見つけた彼女は思いつく。
――こりゃもう一発クスリでも盛って既成事実を作るしかないな。と。
そう決意してから3週間。
媚薬の最後の材料である『薬を飲ませたい相手のまつ毛』を採取できずにやきもきしていたサクラに、遂にチャンスが訪れた。
『すみませんサクラ。目にゴミが入ってしまったようなので、見ていただけますか?』
魔力も、血も、命すらサクラに。
そう忠誠の口づけをした銀髪の少年は、その誓い通り絶対的な力でサクラを守ってきた。
彼が少年から青年へと成長し、宮廷魔術師を統べる存在となった後も外交や公の場はもちろん、サクラの私的な外出の時にも常にその涼やかな姿が側に在った。
それは王女であるサクラが望んだことでもあったが、その王女の望みすら断れる立場になっても、ロキはサクラの護衛を外れなかった。
「だからさ、てっきりロキの方だって私のこと好きなのかなー?! って思うじゃないっ? でも全然そんなことないんだもん……っ」
けれどそんな王女の想いに宮廷魔術師が応えることはなかった。
『貴女はきっと、兄のような俺への気持ちを恋と勘違いしているんですよ』
そうサクラの恋心を否定するくせに。
彼はいつでもサクラの側に居て、その圧倒的な魔力で彼女に害なすものから彼女を守るのだ。
「……おかげで危うくこの国の蚊が絶滅するところだったわよね」
あれはサクラが14歳、ロキが21歳の時だった。
他国の王族を招いて開かれたダンスパーティーの直前に、蚊に刺されたサクラの頬が赤く腫れてしまったのだ。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! いなくなっちゃう! 蚊が、いなくなっちゃう!』
『危ないから離れてください。こんな虫けらが貴女の顔を傷つけるなんて許されない。その一族の命で償うべきです』
『大丈夫だからっ! こんな蚊に喰われた跡くらい、私の調合した薬ですぐ消せるから……!』
絶対零度の瞳で魔力を発動させようとする魔術師長とそれを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、王族たちはそれはそれは愉快そうに笑いながら見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は蚊どころか城周辺が焦土になるかと思った。
「4年前の夏には太陽を壊そうとしたわよね……」
サクラ15歳、ロキ22歳の4年前の夏。
あの年のサウザグルスは異常気象とも呼べる猛暑で王宮の庭に陽炎が揺れるほどだった。
そんな暑い日に、お転婆なサクラは日傘もささず、帽子も被らずに錬金術に使う薬草を育てる花壇の世話をしていた。
『サクラ、帽子を被ってください』
『ダメよ。そんなツバの広い帽子を被って世話をしたら貴重なアゼロナの茎に当たって傷つけちゃうわ』
『じゃあ俺が貴女に日傘をさしますから』
『魔術師長様にそんなことさせられないわよ。私のワガママでロキに護衛してもらってるんだから気にしないで』
貴重な錬金術の材料も大事だし、恋する相手に負担もかけたくない。
そんな錬金術師としての信条と乙女心が、サクラを直接日光に当て続け視界を白く歪ませた。
くらりと後ろに倒れたサクラの身体をすかさず黒のローブが受け止める。
すぐさまかけられたロキの治癒魔法で大事には至らなかったが、サクラが日射病になりかけたことでどうなったか。
目を覚ました自分の無事を確かめた後のロキの行動に、サクラは自分の迂闊さを激しく後悔することになる。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! なくなっちゃう! 太陽が、なくなっちゃう! 困るから! 世界が真っ暗になったら困るから!』
『危ないから離れてください。こんな恒星ごときが貴女を害するなんて許されない。その存在の抹消で償うべきです』
『大丈夫だからっ! ロキの魔法のおかげでなんともないから! て言うか太陽がなくなったらそれこそ生きられなくて本末転倒だからっっ!!』
昨年のダンスパーティーの蚊事件に続き、またしても絶対零度の瞳で空に向かって魔力を発動させようとする魔術師長と、それを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、やはり王族たちは腹を抱えて大笑いで見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は世界全体が暗闇に包まれるかと思った。
あの太陽消滅未遂事件のおかげでサクラが開発した首から下げられる『小型送風機』は、今ではサウザグルス国民の夏の必需品になっている。
「ロキってば、普段は冷めてるくせにたまに過保護過ぎておかしくなるんだから……」
だからこそ。
だからこそサクラはロキへの恋を諦められないのだ。もしかしたら彼も自分を同じくらい想ってくれているのではないかと。
そして錬金術のレシピで【媚薬】の文字を見つけた彼女は思いつく。
――こりゃもう一発クスリでも盛って既成事実を作るしかないな。と。
そう決意してから3週間。
媚薬の最後の材料である『薬を飲ませたい相手のまつ毛』を採取できずにやきもきしていたサクラに、遂にチャンスが訪れた。
『すみませんサクラ。目にゴミが入ってしまったようなので、見ていただけますか?』