政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~
 退職は通常二カ月前には申し出る決まりがある。私が聞いた時には既に退職届を出していたのかもしれないけれど、なんとなく嫌な予感がする。

 本人に直接聞いてみたいけれど、SNSに送ったメッセージは既読にならず、連絡は取れなくなった。

 もう、外国に行ったのだろうか。

 宗方さんか専務に聞けば、何か教えてくれるかもしれないけれど、忙しい時に仕事の手をとめるような邪魔はしたくなかった。

 必要があれば、専務から言ってくれる。
 そう思って、自分から聞くことは避けているけれど……。

 不安を抱えたまま、専務室の扉を見つめる。

 トレイに載せたコーヒーから漂る香りは、いつにも増さってほろ苦い。

 その苦味が、なんとなく不吉なものに感じるのは、何かの予感なのか、それとも社内に漂う不安な空気のせいなのか。

 そのどれもこれもが、ただの気のせいだと思いたかった。

 扉を叩き、はいと低く答える須王専務の声を確認し、専務室に入った。
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