彼と彼女の取り違えられた人生と結婚

 
 ギュッと密着されて、柊の鼓動がトクン…トクン…と樹里に伝わって来た。

 優しい鼓動…
 見かけより、とってもがっしりしているし、何か鍛えているような体をしているんだ。

 
 逞しい柊の胸の中に包まれ、樹里はなんとなくホッとした気持ちになれた。

 
「樹里さん…とっても綺麗ですね…」

 え? 
 
 驚いた目をして柊を見上げた樹里。

 目と目が合うと、柊はとても愛しそうな目をして樹里を見つめていた。

 
 そんな目で見られると恥ずかしい…。
 そう思った樹里は、そのままスッと視線を落とした。


「あの…実は俺、初めてなんです」
「え? 」

「ごめんなさい、引きましたよね? 」
「いえ…。でも、ご結婚される予定の方がいらしので…てっきり…」

「その事なのですが。実は俺、今まで女性と交際していても反応しなかったのです」
「反応しない? 」

「はい…」

 
 ギュッと抱きしめられると。

「あ…」

 ちょうどお腹の辺りにとても強くて元気な柊を感じた樹里は、驚く半面赤くなっていた。

「ごめんなさい。初めてなのです、こんなに反応しているの」
「初めて? 」

「はい。樹里さんに初めてお会いした時、なんか急に反応して自分でも驚いていました。結婚が決まり、一緒に住むようになってから。樹里さんの寝顔を見るたびに、元気に反応していたので。これは間違いなく、樹里さんに反応しているのだと確信しました。…ずっと…樹里さんの事、抱きたくて仕方がなかったのですが。俺はそんな身分ではないからと…」
「身分ってなんですか? 私が、貴方にお金を渡しているからそれを気にしているのですか? 」

「はい…。この結婚は、お金で始まった政略結婚だとそう思っていたので」

 
 政略結婚…お金で始まった…。
 そう言われても間違いではないけど…。

「私は、そんなつもりは全くありません。お金を出したのは、そうしないと私なんかと誰も結婚してくれないからです」
「そんな事ないですよ。樹里さんのように素敵な人を、ほっとく人はいません」

「私…買われてきた子供ですから」

 え?
 柊の目がキョンと驚いた目になった。
 
「私…お金で買われて、上野坂家の養女として引き取られてきました」

 伏せていた目を上げて柊を見た樹里。
 その目は悲しみがいっぱいで、瞳が揺れていた。

 いつもメガネをかけている樹里が、メガネを外している顔を間近で見たのは柊は初めてだった。

 初めて見る樹里の瞳は、紫色の瞳をしている事に気づいた柊は胸がキュンとなった。


「とりあえず、お風呂から出ましょうか。このままだと、のぼせてしまうと思うので」
「はい…」

 樹里が小さく返事をすると、柊が抱きかかえてくれて一緒に出て行った。

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