彼と彼女の取り違えられた人生と結婚

「…20年も帰ってこなかったのは、よっぽどここが居心地よかったからだと思います。…確かに、私といるよりもここに居た方が幸せだと思いますから」
「違うよ、そうじゃないから。だって、ずっと樹里ちゃんに謝っていたんだよ。記憶がない状態なのに、寝言で樹里ちゃんの名前を呼ぶくらいだよ。きっと、すごくい愛していたんだと思う」

「いいえ。…それはありません」
「どうして? 」

「私、母とは血が繋がっていませんから」
「え? 」

「私、買われてきた子供なのです。上野坂家が、女の子が欲しくて特別養子縁組として高額を出して買われてきたとずっと言われてきましたから」

 
(あの子は買われてきたと、ずっと言われていつも傷ついていました。でも私は、あの子が来てくれた事で救われたから…)

 宇宙はズキンと胸が痛くなった。
 だが今確信できる事は1つだけあった。

 それは、樹里が28年前にいなくなった実の子供に間違いないという事だった。

「樹里ちゃん。血の繋がりは、確かに重要視される事だけど。僕は血の繋がりよりも、一緒にいる時間で作られる絆だと思っているよ」

 俯いている樹里を見つめながら、宇宙はそっと手をとった。
 
 見かけよりも樹里の手はか細く、それでいて柔らかい。
 この手の感触は風香と同じだと宇宙は思った。

「僕が今言える事は。ずっと、樹里ちゃんのお母さんの事を隠していた事を許してほしい…それだけだよ…」

 ギュッと握られた宇宙の手からは、とても暖かい温もりが伝わって来る。
 
 嘘はない…この人の言葉には、何も嘘はない。
 そう感じる中、まだ気持ちの中で「許せない」気持ちが強くて素直に認められない…。

 そもそも柊と結婚したのも、この人を…殺す目的があったから。
 今、この気持ちを認めてしまえば結婚そのものに意味がなくなる。
 そうなると…自分がこの家にいる意味はなくなるから…。

 ギュッと樹里が唇を噛みした時。
 ふわりと暖かい温もりに包まれた。

「…お帰り…。もういいから、これからは自分が幸せになる事を考えて。…僕の事を、本気で殺したいと思ったらいつでも殺しくれていいから。樹里ちゃんになら、喜んで殺されてもいいって思っている」
 
 殺されてもいいって…
 そこまでどうして言えるの?
 私には判らない。
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