冷徹弁護士は奥手な彼女を甘く激しく愛し倒す


「ところで、さ。出穂さんって、バレンタインに誰かにあげたの? 社員以外に」
「え?」
「あ、いや、ごめん。話の入り方がせこかったよね。そうじゃなくて……その、よければ今度俺とふたりで食事でも……」
「――出穂」

本島さんの後ろに現れた岩倉さんを見て、あ、と思うのと名前を呼ばれたのは同時だった。
岩倉さんは本島さんを避けるようにして給湯室に入ると、私を見て言う。

「コーヒーを頼む」
「あ、はい。社長室にお持ちすればいいですか?」
「いや、ここで飲む」
「え、ここで?」

もう、社長と話してきた帰りなんだろうか。
だとしたら、わざわざ給湯室なんかでコーヒーを飲まなくても、どこかカフェに入るなり事務所に帰るなりした方が、落ち着いておいしいコーヒーが飲めると思う。

けれど、岩倉さんが壁に軽く寄り掛かって私を見てくるので、言われた通りにコーヒーを入れる準備にかかる。

給湯室から出るタイミングを失った本島さんも、なんとなく私の手元を見ているので妙な緊張感があった。

「あの、ちゃんと入れますから、応接室なり、どこか座って待っててくれて大丈夫ですよ」
「おまえに任せていたらぬるいコーヒーが出てくることはもう学んだ。……その作業は、ゆっくり焦らずだからな」

言われたとおり、ぐるぐると円を描くようにしてドリップしていく。
岩倉さんは、コーヒーの粉がぷっくり盛り上がってくる様子を見るのが好きらしいけれど、私もこの時間は割と好きだ。

時間をかけて入れたコーヒーがいつもよりもおいしく感じるのは、気のせいじゃないのだと思う。

コーヒーをドリップする私の隣でじっと見張るようにしている岩倉さんをさすがに疑問に思ったのか、それまで黙っていた本島さんが口を開く。


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