暁のオイディプス
 「どうした。何か不都合でもあるのか」


 「い、いえ。別に」


 「もしかしてすでに、決まった女でもいるのか」


 「そのような者、おりません」


 重臣たちの前でそんなことを言われ恥ずかしくて、私は横を向いた。


 「いいか。好いた女がいても構わない。ただしそこらの女は側室にでもしておけ。正室は今後の斎藤家にとって役に立つ家から迎えねばならないのだからな」


 「……」


 つまり、役に立たない女は側室で十分だということだ。


 私の母みたいに……?


 「とにかく! もう結構です。自分のことは自分で決めますので!」


 「高政!?」


 私はたまらず席を立ち、政務の間を後にした。


 「若殿!」


 横にいた明智光秀が追いかけて来る。


 「若殿、お戻りください」


 廊下の突き当りで光秀が追いついた。


 「大殿は若殿のためを思っておっしゃられているのです。そこはどうかご理解ください」


 光秀は父のお気に入りだから、父の味方らしい。


 「武家の棟梁たる者、その家の栄華に繋がる縁組を第一に考える必要があります。自分の自由にはならないのです」


 「……犬や猫でも、相手が誰でもよいとは限らない。武家の棟梁とは不自由なものだな」


 「若殿が良き縁組に恵まれますと、斎藤家の発展に繋がります。斎藤家の発展は、家臣や家来の幸せに繋がっていくのです」


 光秀の言うことはもっともではあるが、


 「若殿はもしかして、好きな女子でもおられるのですか」


 「……そんな者影も形もないくらい、側に仕える者ならば分かるだろう」


 この頃の私は、『源氏物語』など平安時代の恋物語に夢中で、その世界観の妄想に浸るだけで満足しており、現実世界の女にはほとんど関心がなかった。


 実際に妻を迎えるともなれば、夢の世界から引っ張り出されることになりそうで、非常に抵抗があった。
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