暁のオイディプス
 「……」


 どう反応していいものやら、私は迷ってしまい何とも答えられなかった。


 嘘が下手な性分ゆえ、取り繕うような言葉も見つからない。


 ……姫が語る通り、姫はおそらく一生この美濃から外に出ることはできないだろう。


 もっと年若い頃であれば、他国の身分の相応しい武家の嫡男、もしくは今日の公家の公達との縁組も可能だったかもしれない。


 だが適齢期に父親が家督争いの渦中におり、他国への亡命などを繰り返していたため、姫は好機を逃してしまい今に至る。


 きっとこのまま、父の庇護の下で屋敷で日々を送るしかないのだろう。


 だが、父である土岐の御屋形様に、いつかは先立たれることになる。


 そうなったら姫は?


 年の離れた異母弟たちだっていつまでも姫を支えきれないだろうし、一人寂しくどこかの寺に出家して身を寄せるしか……。


 せっかくこの国きっての名門・土岐家の長女として生を受けたのに、そんな晩年は寂しすぎる。


 そうだ、いっそのこと私が。


 私が姫を支えて……。


 「京の都では、美濃では見られない物語集なども、たくさん読むことができるのであろうな」


 「はい。和歌なども平安の世から代々同じ一族が伝授してきたりと、文化の蓄積は美濃など到底及びません。しかし……」


 「しかし……?」


 「私の父は若い頃を京で過ごしており、その後ここ美濃へ移ってきたわけなのですが、京では相当あこぎな方法で出世したようで、あまり若い頃の話はしてくれません」


 「聞いておる。だからそなたの父・斎藤利政は『マムシ』とあだ名されていると聞く。一度食いついたら離さないからであろう?」
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