暁のオイディプス
 「姫は、身分の低い男など、眼中にありませんか」


 思い切って打ち明けたにもかかわらず、背を向けたままこちらを見ようとしない姫の様子に、さすがに不安を覚えた。

 
 「……マムシ、いやそなたの父は反対しているのであろう? マムシばかりではない、そなたの回りの誰も、私のことは」


 「周りなどどうでもいいことです。いずれ私はこの美濃の支配者になるのですから、自分のことは自分で決めます」


 よくよく考えると、周囲の誰もが反対しているという今の状況はまさに八方ふさがり、四面楚歌そのものだったのだが、困難な状況がかえって私の決意を固めさせていた。


 「本当に、後悔しないか?」


 「周りの邪魔にくじけて、姫をあきらめた方が一生後悔します。姫は生涯私のそばに、」


 「ならば私を、京に連れて行ってくれるか」


 「京……」


 かつて姫に将来の夢の話をした際、家督を継承したあかつきには上洛して、公方様にご挨拶を……などと語ったのを思い出した。


 生まれた時からこの地を離れたことのない姫は、まだ見ぬ京の地に立つのが夢。


 「もちろんです。姫は生涯、私と一緒ですから」


 「信じて、待っていてもいいのだな」


 私の周囲の連中が一筋縄ではいかないことは、姫も薄々気付いている。


 「私の未来の予想図に、姫がいないことなどもう考えられませんから」


 「……」


 「だから姫は、私を信じて待っていてください」


 「有明でよい」


 「え、」


 「姫などと呼ばなくてよい。私の名は有明だから」


 「む、無理ですそのような」


 とはいえいずれ正式に妻に迎えた日には、私は姫を「有明」と呼び捨てにすることになるのだろうか。


 逆に今私を「高政」と呼び捨てにしている姫は、私を「殿」と呼ぶことになるはず。


 今は身分の上下があるので形式ばった呼び方をしているが、いずれは……。


 「有明、姫さま……」


 やはり呼びなれなくて姫と呼んでしまった私を、有明は微笑みながら見つめていた。 
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