花筏に沈む恋とぬいぐるみ



 父親が犯罪を起こした。
 その理由は自分の私利私欲ではなかったとしても、罪は罪だ。家族の罪を知った者たちが、その当事者の娘である花をも犯罪者として扱おうとしている事が許せなかったのだろう。
 そして、花の心は軋み苦しみ、壊れそうになっていた。一人でいるのが怖いけれど、一人の方が悪口も入ってこない。引きこもってしまいそうな心を、岡崎は気づいて手を差し伸べてくれたのだ。
 それなのに、クレームによりまた花の閉じかけていた傷口が開いてしまいそうになっていた。
 だからこそ、岡崎は花は会社に必要だと、他の人も認めてくれている。そう花自身に示したかったのだろう。

 言葉よりも人の助けが、花の心に響くだろうという事もわかっていたのだ。

 やはり、この人には頭が下がるばかりだ。

 その後、冷泉から電話をかわった岡崎は花にゆっくりとした口調で語り掛けた。それは、お客様に対しての言葉より優しさを帯びているように思えた。


 『乙瀬さん。冷泉さんの話はあまり気にしないでくださいね。私はお話をしただけで、皆さんが乙瀬さんの事が好きだから動いてくださっただけなのですから』
 「岡崎さん。どうして、ここまでしてくださるんですか?私は、one sinのお客だっただけです。しかも、私自身は買い物なんてした事がない。全て父親が払ってくれていました。今の乙瀬家は昔のように莫大な財産もない、落ちぶれた存在です。それなのに、どうしてここまで」
 『乙瀬さん。私は、あなたのお父様に助けられたのです』
 「……それは……」
 『………私が新人だった頃です。乙瀬様のお品物を間違った相手に贈ってしまったのです。そのため取引先の相手には届かずにかなり迷惑をかけてしまいました。それなのに、乙瀬様は、笑って「ミスは誰でもあることだ。それにきっと今は贈るべきではないという事なのだろう。縁がなかったのだ。だから、違うものを贈ろうとしよう」といって、更に買い物をしてくれた。それからも私の事を気にかけてくださって。私の大切なお客様です。本当に大切な恩人なのです。だから、恩返しがしたかった。そういう気持ちがあります、それは確かです。けれど、子どものころからone sinの制服を可愛いと言ってくれたあなたを応援したかった。犯罪者ではない、と知って欲しかった。その気持ちもあります。だから、また戻ってきてくれますか?随分待たせてしまいましたが………』



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