花筏に沈む恋とぬいぐるみ




 私はちゃんと笑えているだろうか。
 私も凛と同じように表情が変わらないテディベアだったら、歪な笑みを浮かべて雅を不安にさせる事がなかったのに。そんな馬鹿げた事を考えてしまう。
 雅の言葉1つ1つが、もう明日にはここにいないんだよ。そう言っているようで、花は会話をしながらも苦しくなってしまう。目の前にいる彼はもう雅ではなくなってしまうのだ。凛が体を取り戻す事はいいことだけれど、雅がいなくなってしまう。

 それが信じられない。
 いや、信じたくないのだ。


 雅はいたって普通にプリンと運び、「凛の分もあるからねー」とさらりと言う。
 それは、体が戻った時に食べろという事だろう。1つ1つの言葉の意味がとても深く、雅のいない生活を匂わせてくる。



 「今日は、お客さんも落ち着いたから後は工房で過ごそうかな。もしお客さんが来てベルが鳴ったら行けばいいよね」
 「うん。工房で何を作るの?」
 「テディベアだよ。1つ完成させたいんだ」
 「そっか。じゃあ、私も見てる。凛もそうするでしょ?」
 「あぁ。俺も行く」


 そうやって午後の時間の過ごし方は決まった。
 いつもと変わらない。花浜匙のおだやかな時間。
 雅の穏やかなな話し方と、少しそっけないけど優しさが含まれている声。その2人のやり取りを、花はずっと聞いていたかった。このBGMがあれば、安心して作業もはかどるし、ゆっくりと体を休める事が出来る。

 それぐらいに心地がいいものだった。



 「よしッ!出来たーー!!」


 雅の手の中には、純白の毛を持つテディベアが出来ていた。刺繍はピンク色で丁寧に施してある。
 だが、どうみても完成ではなかった。両目がついていないのだから。

 けれど、それが意味する事。花はすぐにわかってしまい、鼓動が早くなる。
 彼が最後に作っていたもの。それは、誰のためのテディベアなのか。



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