憧れの陛下との新婚初夜に、王弟がやってきた!?
それは、馬車まで残り数メートルほどまでやってきた時だった。
「侵略者どもが!!」
突如目の前の民衆の人垣が揺れたかと思うと、そこから柵の隙間を抜けて男が3人、私たちの側面を突くように飛び出してきた。
「っ!!」
私が気が付いて身を固くするまでの間に、兵が動き出して、私とユーリ様をかばうようにジェイドが立ちはだかった。
そうしてよく見てみれば、私の半歩前で息を詰めているユーリ様もすでに腰に携えた剣に手をかけていた。
私より背の高い人たちが立ちはだかったおかげで、男たちがどんな武器を持ってどのように近づいてきていたのかはよく見えない。ただ、捕らえろ!という兵たちの指示する声と共にカランと金属が石畳に落ちる音が複数回聞こえて、男たちが兵によって取り押さえられて制圧されたのだという事は理解できた。
「侵略者」と彼らが叫んでいたところをみると、先の戦争での残党だろうか…。
とにかく何事もなく制圧されたのであればよかったとほっと息を吐きながらも、やはり手足は震えた。
「王妃陛下」
その時不意に、私の背後へ回っていた近衛兵がひっそりと私に声をかけてくる。
見れば、2人の近衛が私を守るように囲っていて、何度か見たことがある顔の者達だった。
「ご婦人が見るにはあまりにも凄惨かと…わたくし共が一足先に馬車の方へご案内いたします」
気を遣うようにそう言った一人の近衛は、「こちらです」と馬車までの道を指す。
確かに、このような場所に私がいても役に立てるわけでもないし、王妃が血が流れるような場に進んで残るのは望ましくないだろう。
そう納得して私は彼に頷くと、ユーリ様の後ろを離れて、彼についた。もう一人は私の背後を護衛してくれるらしい。
「っ!アルマ!!」
私がちょうどユーリ様達に背を向けた時、突然切迫したような厳しい声に背後から呼び止められて、私は反射的にそちらを振り返る。
ギラリと、目の前に青白く光る鋭利な刃物が見えた。
それはすでに私に向かって振り下ろされようとしているところで…それを持つ男は、私の背後の護衛に当っていたはずの先ほどの近衛兵で。
あぁ、私とんでもない失態を犯してしまったのだと、一瞬のうちに理解した。
彼らの狙いは…はなから王妃(私)だったのだ…。
ギラリと光る物を見止めて、逃げようにも足がすくんでしまって動くこともできず「あぁダメだ」と思うと同時に、私は反射的に目を閉じて身構えた。ドンと身体に衝撃が走ると同時に…。
「チッ!…クソッ!」
誰かが毒ずく声が、思いのほか近くで聞こえた。
そして、その声が先ほど私呼び止めた声と同じで…聞きなれたジェイドの声で…身体を包む暖かくて硬い感触に、私は目を開いて、何が起こったのかを理解した。
私に覆いかぶさるようにした彼の肩越しに短剣の柄が見えて…その角度は確実に彼の背に刺さっていて
「ジェイド!!」
「殿下!!」
ユーリ様と、兵たちが声を上げて駆け寄ってくるのがやけにスローモーションに見えた。
「っ!俺はいい!!奴らを捕らえろ!」
そんな彼らに、私の肩をグッと掴んだジェイドが声を上げて、指示を出す。
ジェイドの命令に反応した彼の部下たちがハッとして、逃げる二人を追うためにバタバタと離れて行く。
「ジェイド!」
ユーリ様が走り寄ってきて、私たちの横に膝をつく。
「っ…大丈夫だユーリ…心配するな。アルマは…怪我ないか?」
ぎゅうっと私の肩を握るジェイドの力が強くなり、彼がゆっくりと私から身体を離す。きっとその動作だけで随分と痛むのだろう。彼の額には汗が浮いていて、それでもまっすぐに彼のグリーンの瞳が私を見つめていた。
私はぶんぶんと首を横に振る、涙がにじんでくるけれど、こんなところで泣いているわけにはいかない。
「私は大丈夫!!ごめんなさい、私が勝手をしたばかりに」
私の言葉に彼がほっと息を吐いた。
「いや、俺の警備の采配が悪かっただけだ…アルマは悪くない。気にするな」
それだけ言って彼は、自身の直下の部下の名前を呼ぶと、彼らに自身を支えさせて立ち上がる。
「アドルフ、ジェイソン、ホリス、ヒューゴ!国王陛下と王妃陛下を速やかに馬車へ誘導した上で各々の隊で護衛に当れ!命に代えてでも、無事王宮へお連れしろ!」
「「「「はっ!!」」」」
「ジャックとカーソンの隊は近衛をまとめ上げて、民衆の対応に当れ!ダグラスとガイに増員を呼びに行かせろ、捕らえた男たちはうちの部隊で管理する。まだ近衛に協力者がいるかもしれんからな!モリス近衛長官!」
「はッ!!殿下、ここに!!」
「そういうわけだ!今近衛は不名誉にも反逆者を出した。この責任は追って問うとして、仔細がわかるまでは軍令部うちに調査の権限を譲ることと、国王陛下と王妃陛下の身辺の警護にも俺の部下を組み込むことを許可して欲しい」
そこまで言って、ジェイドは一度だけ痛みを逃すかのように息を吐いた。
私は、ユーリ様に肩を支えられて、喘ぐような呼吸を繰り返しながらそんな彼を見ていることしかできなくて。
お願い、そんな事はいいから!早く治療して!
背後から見る彼の黒い軍服の背中は、血で更に黒く変色している。
叫びたいのに声が出なくて、そうしている内に、ジェイド直下の部下達がやってきて私とユーリ様を馬車に誘った。
馬車に向かう途中、民衆の中から医師が兵に連れられて走ってくるのとすれ違う。
ようやくこれでジェイドの手当てがされるだろうとホッと胸を撫で下ろす。
「テレンス!」
馬車に乗り込む際、馬車の前に控えていた中年の男性にユーリ様が声をかける。
「はい、陛下」
「医師が来た。ジェイドに治療を優先させるよう伝えて、状況によっては説得を頼む。
速やかに治療にあたる事は王命だと伝えろ」
「かしこまりました」
テレンスは深々と礼を取った後に、しっかりとした足取りで、ジェイドの方へ向かっていく。
彼はジェイドとユーリ様が小さな頃から近くに居る、執事のような、教育係のような存在の人だ。彼の言う事ならば、ジェイドは聞く耳を持つだろし、なんとか説得してくれるに違いない。
そのまま私は、ユーリ様に支えられるようにして馬車に乗り込むと、扉が閉められるのと共に、ユーリ様に縋りついて泣き崩れた。
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