マリファナの樹
「お味は」
「や、ばちくそうめぇす」
「いつもそれじゃねーか」
「味の違いわかんねー女なんすよ」
「よくそれで人に焙煎機勧めたな」
「またまた。そんなこと言って豆挽くの満更でもないくせにっ」
無視をしておく。珈琲の香りにつられて時折桐子が降りてくることがあったから今日もそれを期待したが、依然として、二階の寝室から物音はしなかった。
「今日の体温測りました?」
「34.3℃。日に日に下がってるよ。そんで今日はずっと寝てる」
「話はどうです」
「時折話はする。ただ昔に比べるとめっきりだな。話しても一言二言だ」
俺が休学し、アトリエにいられる様になってからは剣菱も自分の学業に専念するべく院に真面目に通っている。ただ隙を見つけては週に何度か訪れ、桐子の様子を事細かに聞いてきた。元々合コンに精を出す様な不真面目な学生だ。俺が進学する大学に金魚の糞みたいに進んだのも、大学院に行くと言ったら二つ返事でオレも、と身を乗り出したのも、全部剣菱が選んだ。
ただ、そうさせたのは俺のせいだと自覚している。
冬の終わり、春の始まり、桐子の花餌が知られた日。俺の危うさを指摘した剣菱が、それを物語っている。
「痣は」
「もう、転移はない。ただ腕や首の静脈が浮いて見えて、あいつの肌が白いから一見人間には見えないな。あの姿でこのアトリエを出たら、間違いなく〝即刻強制退却〟だ」
「絵を見ても?」
「いいよ。桐子が出た後加湿器切ったからもう入っても大丈夫」
珈琲マグをテーブルに置いた浪河が、淀みない足取りでアトリエの奥へと進む。ビニールを避け、湿度が逃げないようにもう一重したビニールを越えると、あの鼻を刺す様な絵の具特有の臭いと、床に敷き詰めた無数の新聞紙の匂いがした。少しでも湿度から絵を守る為と、床に絵の具が飛び散るのを避けるべく敷いたものだ。
奇形が判明してから桐子はどうも、今までで一番画角の大きい作品に挑戦している。それも、どうも絵画でなく、立体のアートだ。正直絵画専門だと勝手に思い込んでいたばっかりに、立体のオブジェの創作に取り掛かり始めた時は度肝を抜いた。どこから集めてきたのかわからないが、その大部分は木彫りであり、石であり、そして絵だった。正直、言葉で言い表せない感性だ。
「…桐子さんて、ガチで素人の画家すか?」
「あんまり詳しく聞いたことないけど、フリーランスだから呼ばれてどっか行くような仕事をしてたらしい。ただ、自己満足が多い。だから求められることに対して断ることも少なくなかったんだそうだ」
創作の多くなんてそうなのかもしれない。誰かのため。何かのため。そんなのは後付けで、生み出す人間の投影を形にしている。世界に存在するその他大勢に一見すると組み込まれかねない一つに、創作者の思念が注ぎ込まれている。見る側からは多勢の一つ。作る側からしたら、自分の中の唯一無二を、身を削ぐ勢いで編み出している。