マリファナの樹
自分を証明する為に。
「この前、家を覗かれた」
「…」
「近所の人間だろうな。挨拶したことのある主婦だった。桐子を見て、化け物みたいだと」
間違いなかった。
たったの二ヶ月半だ。推定とはいえそこに大きな相違は無いはずなのに、ほんの少し前までぴんぴんして人に軽口を叩いていた声がもう聞けない。桐子が自分で美だと称した、日焼けを知らない肌は今やその端々に血管が浮き、時折目の色を変えては太陽に焦がれている。
浪河のスクラップブックに貼られた写真。第二罹患者の女性が何故キリストの前で跪いていたか今ならわかる。あれは懺悔でも祈りでもない。神への冒涜だ。
「自分が今まで何人の花餌罹患者を見届けてきたかわかりますか」
「…」
「10人です。16の頃にはじめて目の当たりにして、それまで、小学校では既に花餌を知っていました。そんな、冷やかしもあった。子どもの頃って怪我が勲章じゃないすか。青タンなんて日常茶飯事、それを見るや否や〝お前花餌なんじゃねーの〟とクラスを統括している人間が。まるで差別用語です。だから怯えていた。みんなが遠ざけた。得体の知れない未知にヒトはいつだって臆病です。開拓は稀有。だから反感を買う。人間は今まで通りの見知った方法に則って動くのが好きなんです、最後の保証がありますからね。ある程度見え透いた安全に傾きたい。誰だってそうだ。だから遠ざけた。差別の対象にならないと教育をする教師も花餌を忌み嫌っていたのを感じたのは、その頃には自分が隠れて花餌を研究していたからです」
がむしゃらだった。必死だった。人に白い目で見られても、往来で豪語して変人扱いされてしまっても、花餌のことを考えた。何が本当か嘘かわからない中を、それでも必死に模索していた。
「…兄貴が花餌で死んだ時も、あたしはその病の方を気にかけていました」
胡座をかいた浪河。その手には、形見の大麻が握られている。
「…桐子さんは綺麗すよ。うちのは最後の方目から血とか出てましたから」
「そんな症状が?」
「形状によって変わるそうです。剰え奇形だ。その頃には既に花餌が伝染病ではないことは提唱されていましたが、写真家だった兄貴の場合いかんせん渡航歴があったんで。エボラだなんだと」
ビニール袋に密閉され、再会した時にはヒトではなくモノだった。
父や母、そして妹が泣きながら縋っても触れられない。通してくれない。そういう病魔だ。偏見や先入観を断った、人間の理解が最も必要な疾患だ。
「一口に花餌といっても症状は様々です。奇形の場合なお一層。自分からしたら桐子さんははちゃめちゃに正統派の変異種だと見込んでます。素材が上質だから。さすが」
「嬉しくないけどな」
「褒め言葉すよ。今後の人間の見方が変わるでしょ」
その先駆者になってもらわないと、と立ち上がった浪河の後ろ姿は、いつにも増して小さく見えた。