涙の涸れる日

指輪とコート

 その二日後、紗耶は佑真と暮らしたマンションに、兄の凌太と来ていた。

 鍵を開けるのも随分と久しぶりに感じる。

 窓を開けて空気を入れ換える。

 家具や家電は何ひとつ要らない。佑真との思い出に繋がる物も必要ない。

 クローゼットを開けて服やバッグ、アクセサリーなど、結婚前から気に入って使っていた物を持って来たスーツケースや段ボールに詰めていく。

 佑真に買ってもらったコートは置いていく。

 幸せだった思い出まで汚されて……。涙が零れそうになる。

 化粧品も要らない。二度とこの会社の物は手に取る事も無いだろう。

「もう、このくらいか?」

「そうだね。意外と少ないんだ。二年なんてこんなもんなんだね」

「着物とかドレスは持って来なかったんだろう?」

「うん。専業主婦には必要ないと思ったから家に置いて来た」

「今となっては良かったと言うべきか……」

 荷物を詰めながら、ずっと気になっていた事を聞いてみた……。
「お兄ちゃん。教えて欲しい事があるの」

「何だ?」

「あの加藤さんの事務所で渡してた書類の事……」

「紗耶が知らなくても良い事だ」

「ううん。知っておきたいの。いつからどんな人と……」

「聞いても紗耶が傷付くだけだ。知らない方が良い事だってあるんだよ」

「でもね。もしも相手の人に偶然会っても私は何も知らない。その人は私を知ってる……。それが許せない……」

「紗耶……」

「お願い。教えて。離婚するのは私なの。知る権利はあるよね?」

 兄は暫く考えていた……。
「分かったよ。何が知りたい?」

「いつからなの?」

「去年の暮れかららしい……」

「暮れって……。半年前からってこと?」

「あぁ……」

「何処のどんな人?」

「〇〇デパートの売り場主任だ。あいつの会社のな」

「名前は?」

「田所……」

「そう。田所ゆうこって人なのね?」

「何で名前を知ってる?」

「電話越しに、そう呼んでたから……」

「そうか……」

「半年も、そういう関係なら、名前も呼び捨てにするよね……」
涙が零れそうだ……。
聞くんじゃなかったかな?
ううん。何も知らないよりは……。

「紗耶……。大丈夫か?」

「大丈夫。これから一人で生きていくんだから……」

「一人じゃないだろ。親父もお袋も、俺だって居るだろ?」

「そうだね。うん……。ごめんね。教えてくれてありがとう」

「紗耶。あんな最低な奴ら、気にする事ない」

「うん。荷物も、平日に手伝ってくれて助かった」




 テーブルに婚約指輪と結婚指輪を並べて置く。

 幸せだったのは、もう遠い昔……。


「紗耶。行くか?」

「うん。ありがとう」
私は兄に微笑んだ……。


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