恋に焦がれて鳴く蝉よりも
 それからさらに2日が過ぎた夜だった。
 残業を終えて帰宅した蛍里は、いつもの
ようにメールの受信フォルダを開くと差出人
の欄を見て目を留めた。

 いくつもの広告メールに埋もれるように、
「詩乃守人」の名前がある。

 「御感想、ありがとうございました」
という件名。

 待ち焦がれたその人からの返事が、届い
ていた。

 蛍里は大きく息を吸いこむと、ゆっくり
とメールを開いた。

 どきどきと早なる胸を抑えながら、活字
に目を走らせる。



 “HOTARU様

 この度はご感想をいただき、ありがとう
ございました。
 私の小説サイトへは初めてのご訪問との
こと、ご縁がありましたことを大変嬉しく
思います。

 お読みいただいた物語は、当サイトで最も
人気のある作品です。
 物語の舞台となっている邸は、遠方に住む
祖父の私邸をそのままイメージしながら書き
綴ったものなので、私自身、大変思い入れの
ある作品でもあります。

 HOTARU様からの感想を励みに、筆を執ら
せていただきます。

 また、ご感想やご意見などございましたら、
いつでもお気軽にご連絡ください。
              詩乃 守人“




 返信メールを読み終えた蛍里は、ほぅ、
と細く息を吐いた。

 届いたメール文はそれほど長いものでは
なかったが、いわゆるテンプレート文など
ではなく、ちゃんとHOTARU宛に書かれた
ものだった。物語の裏話を教えてもらえた
ことで、また、その物語への思い入れに
深みが増してゆく。

 蛍里はメールが消えてしまわないよう鍵
をつけて閉じると、詩乃守人のサイトを
開いた。

 ちらちらと、視界の向こうで淡色の花びら
が舞っている。

 作品はまだ15作ある。

 この作品をひとつ読むたびに、感想の
メールを送ったりしたら迷惑だろうか?

 そんなことを思いながらも、蛍里は次の
作品を読み始めていた。





-----それから、3ヵ月が過ぎた。



 週に一度、彼の作品を読むたびに蛍里が
送り続けた感想は11通にも及び、その感想
と同じだけの返信がパソコンの受信ボックス
に保存されている。

 毎回、毎回。
 熱心に物語の感想を送り続ける蛍里に、
詩乃守人は優しかった。そうして次第に、
メール文のやり取りも友人に送るそれのよう
に、日常の小さな出来事などを互いに伝え
あう内容に変わっていた。

 そんな密かなやり取りに胸をときめかせて
いた矢先の、12通目のメール。

 文章の最後に添えられていた一文を、蛍里
は何度も読み返した。



 “もしかしたら僕は、こうしてあなたと
繋がるために、筆を執っているのかも知れ
ません。“
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