恋に焦がれて鳴く蝉よりも
 繊細なのだ。言葉ひとつひとつに、魅せられて
しまうほどに。
 少々古風な言葉遣いも、情緒溢れる描写も、
読んでいるだけですっと心に沁み込んできて、
活字から目を離すことが出来ない。

 あっという間に最後のページを読み終えた蛍里
は、ほぅ、とため息をつきながら、しばらく爽や
かな読後感に浸ってしまっていた。

 そして気が付いた時には、「御感想はこちら
へ」というボタンをクリックしていた。

 子供の頃から今まで、蛍里が読んできた作品
は何百とあるが、その感想を作者に送ったこと
は一度もなかった。

 だから、感想を送りたいと思うことは至極特別
で、表紙と同様の幻想的な画面にぽっかりと、
白いメールフォームが表示されただけで、何故
だかどきどきしてしまう。

 まるで恋文を書く中学生のような心持で、蛍里
はキーボードに触れた。



 深呼吸をひとつして、まずは「詩乃 守人様」
と宛名を書き込む。

 続けて、簡単な挨拶文を(したた)めると、蛍里
は感じたままに物語の感想を綴った。
  そして最後に、「HOTARU」というハンド
ル名を添えた。

 筆名から察するに、おそらく、この物語を書い
たのは男性だ。HOTARUと名乗れば、詩乃 守人
と名乗るその人は、相手が女性だと察するだろ
うか?

 ふと、そんなことを思いながら、蛍里は送信
ボタンを押した。

 送信済みのボタンの上に、メッセージが表示
される。



 “作品をお読みいただき、ありがとうござい
ます。感想のメールは、すべて嬉しく読ませて
頂いています。必ず返答のメールをお送りいた
します。しばらくお待ちください。“


 
 たったそれだけの文章だったが、作者の真摯
な人柄が伝わってきた。



-----必ず返事が来る。



 そう思うだけで、心の奥が騒めいてどうにも
落ち着かなかった。

 「しの……もりひと。うたを、守る人……」

 蛍里はひとり呟きながら、パソコンの電源を
落としベッドに入った。

 顔も名前も知らないその人が、自分からの
メールを読んでいる様を想像して、枕に顔を
埋める。恥ずかしいような、嬉しいような、
不思議な気分だ。

 蛍里は結局、その夜は朝まで寝付けなかった。






 翌日も、その翌日も、詩乃 守人からの返事
は届かなかった。

 家に帰ってパソコンを開き、広告メールばか
りの受信ボックスを見て、がっかりする日々。

 こんなにも、誰かからの返事を楽しみ待った
ことがあっただろうか?

 まるで恋でもしているかのような錯覚に
陥りながらも、蛍里は返事を待ち続けた。

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