男装即バレ従者、赤ちゃんを産んだらカタブツ皇帝の溺愛が止まりません!
 たしかにサイラス様の求めるままに応じる契約を結んでいるが、これではまるで私自身が彼との行為を望んでいるかのようだ。不可解な心の動きに、私自身戸惑いは隠せなかった。
 それともうひとつ、私は彼の台詞に大きな違和感を覚えていた。『すっかり目も覚めた』と彼は言った。
 けれど彼は、そもそも眠っていたのだろうか? なんとなくだが、彼の呼吸は眠っている人のそれではないような気がした。
 私の勝手な印象だが、彼は夢とうつつの狭間から脱せられずにもがいている。そして彼の『あと五分』は安寧の眠りを貪りたいがためではなく、そんな苦しい界を振り切ってうつつの世界に出るための猶予。そんなふうに感じられた。
 とはいえ、これは彼にとってかなり踏み込んだ事情のようにも思え、安易に言及することが憚られた。
「はい。姿見の前に本日最初に予定されております謁見に相応しい装いを一式用意させていただいております」
 結局、私はマニュアル通りの受け答えと流れで対応をした。
「ほう。なかなか手際がいいな」
「恐れ入ります」
 サイラス様もこれ以降、私を戸惑わせるような言動は一切をせず、身支度を整えると早々に朝の謁見へと向かっていた。

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