祈りの空に 〜風の貴公子と黒白の魔法書
 シルフィスは視線を前方に戻した。息が詰まるほどの風が吹きつける。
 やがて、城跡は首を反らして見上げる近さになった。
 割れ落ちた城壁の大小の塊が地面に転がっている。城は上部を崩し、さらに斜めに半分を削ったような姿で立っている。
 シルフィスとナーザは残った城壁を乗り越えた。その内部にも高い壁が巡らされていた。その切れ目を求め、ふたりは壁に沿って走った。
 風音に混じって、剣戟と叫びが聞こえた。
 誰かがこの壁の内側で戦っている。
 積み上げた石が落ちた隙間があった。シルフィスは壁に身を寄せて気配を伺い、素早く隙間に体を滑り込ませ──。
 そこで、動作が止まった。
 風が異臭を運んだ。血と排泄物の。
 そして、シルフィスの目には戦う十数人の影が映った。
 剣のひと振りに血飛沫が上がる。が、悲鳴はない。
 戦う者たちの足元にあるのは、血溜まり、すでに事切れたように転がる体。それらを踏みつけ、蹴散らして、男たちが無言で戦っている。
 彼らを見下ろすように、目玉がひとつ燐光を放って宙に浮いていた。
 目玉はゆっくりと回転し、こちらを向く。あれは……。
「目を閉じろ!」
 自分に続いて壁から出てきたナーザに、シルフィスは叫んだ。
 が、それよりも、袋から飛び出したリシュナが長い髪をナーザの顔に巻きつけて目隠しする方が早かった。
< 109 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop