食堂の白井さんとこじらせ御曹司
「そうです。白井結梨絵という名前です。白百合っぽい名前にふさわしくないって言いたいですよね?」
「いや、そんなことは……」
 手元の時計を見ると、ちょうど残業時間1時間です。
「えっと、じゃぁ、私は失礼します。菜々さんもまたね」
「はーい。またね!結梨絵ちゃん!」
「あっ!」
 黒崎さんの声。
 菜々さんの笑い声を背に、立ち去ります。
 一度に持って帰ると重たいので荷物の一部を食堂のロッカーに置いてから帰るつもりです。うかうかしていたら、移動でタイムカードを押すのが間に合わなくなってしまいます。働いていない時間まで働いたことになってしまっては大変です。このあたりはきちんとしなければなりません。
 事務棟を出て、食堂へ向かう。ロッカールームに入ったところで手首をつかまれました。
 え?
 油断した。
 まさか、不審者?
 振り向くと、背の高い匂い立つ男。
「黒崎さん?」
 色香が濃い。
 思いつめたような表情がいつも以上に黒崎さんを魅力的に見せています。
 ドキドキと、鼓動が早くなる。
 イケメンは毒です。
 思わず、じりじりと黒崎さんから後ずさるけれど、片手をつかまれているのでその距離は開くことはなく……。
 トンっと、ついに背中が壁にあたりました。もう後ずさりすることもできません。
「結梨絵……さん」
 あ。
 ダメ。
 和臣さんと同じ声で、その呼び方は……。
「やめてください」
 小さな声が出る。
「え?」
「やめてください。結梨絵って、二度と呼ばないでください!」
 ドンッ。
 ちょっ。
 怒った?
 黒崎さんが壁に両手をつきました。
 壁と黒崎さんの間に、挟まれていますが、これ、壁ドンですよね、壁ドン。
 本当にドンって音がしました。
 な、なんで、私、壁ドンなんてされているんでしょうか?
「じゃぁ、なんと呼べば……」
「白井です!白井!そんな、下の名前で呼ばれるほど、親しくないですよね?職場で師匠とかもおかしいですよね?白井ですから、白井」
「食堂の……白井さん……」
「そうです。私は食堂の白井です!」
 黒崎さんの腕が下り曲がっていきます。
 壁と黒崎さんとの隙間が狭くなって、ぎゃー。つぶされますっ。
 あれ?
 つぶれて、ません?
 黒崎さんの肩に、私のおでこがぶつかってます。黒崎さんのおでこは壁にぶつかっているんじゃないでしょうか。
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