ナッシング・トゥー・ルーズ



手を繋いで向かった先は 誰もいない黒澤くんの家
部屋に入った瞬間に 私たちは言葉を失くした



とにかく夢中でしがみついていた。

今ここに2人でいることが現実なんだと確認するかのように私たちは抱き
合った。黒澤くんの今までとは違う余裕のない早急なキスを受け止めながら
倒れこんだベッドからは、黒澤くんの匂いがした。

唇以外の場所にキスをされることも、裸で誰かと抱き合うことも、全てが
初めてでどうしたらいいのかわからなくて、私はただひたすら黒澤くんを
受け止めた。いろんなところに黒澤くんの指や唇が触れて、その度にだん
だん私の呼吸は乱れて、どうやって理性を保てばいいのかわからなくなった。


声にならない声を上げて、
黒澤くんの体の重みを体中で感じて、
肌にうっすらと滲む汗さえも愛しくて、


宙をさまよう私の手は黒澤くんの柔らかな髪をぐしゃぐしゃにかき回した。


黒澤くんの様子を窺う余裕なんてないから、せっかく目が開いているのに
焦点さえ合わない。でもそんな私の上にいる黒澤くんはどこか苦しそうで、
とても切なそうな表情をしていた。





黒澤くんにそんな表情をさせているのは私?
そう思ったら、私はこれから経験するどんな痛みにも耐えられると思った。





揺れていた体の動きが止まって、大きく息を吐き出して、黒澤くんは私の
上に体を投げ出した。息が乱れてしゃべれないのが自分だけじゃなくて
よかった。暫くして黒澤くんは私と並ぶように横になって、私の頭の下に
右腕を通した。


「好きな子ができたって、カナにいったよ」


でも相手が莉奈だってことはいってないけどね、とまっすぐに天井を見つ
めたまま黒澤くんはいった。こんな時でさえ黒澤くんがカナに別れを告げ
たという事実よりも『莉奈』と呼ばれたことにドキッとする自分がいた。


「どうする?これから」


俺は所詮他人だけど、莉奈とカナは血の繋がってる家族だから、これで
一生物別れってわけにはいかないだろ?と黒澤くんはもっともらしいこ
とをいった。でもその後すぐに『なんてぶっ壊した俺にいわれたくない
よな』と黒澤くんが自分のセリフにツッコミを入れたのを聞いて思わず
笑ってしまったら、何笑ってんだよ、といってまた覆い被さってきて、
息苦しい半面その重みで黒澤くんの存在を実感して更に頬の筋肉が緩んだ。


「普通にしゃべるの、初めて会ったとき以来だね」


そういったら、黒澤くんはじゃれ合って私の顔にひっついた髪の毛を
指先で払いながらいった。


「あの日以来他の女じゃ勃たなくなった。莉奈以外の女じゃ、もう」


ダメ、と真顔で囁いて、息が止まるようなキスの後、私たちはもう一度
ベッドに沈んだ。





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