ナッシング・トゥー・ルーズ



夕食を終えて部屋に戻ると同時にベッドの上に放り投げておいたケータイが
鳴った。聞こえてきたのは今一番聞きたいと思っていた人の声。ママにコン
ビニ行ってくる、といって私は家を飛び出した。
一つ目の角を曲がったところにある公園に彼はいた。ジャージ姿の黒澤くんに
私は迷わず抱きついた。


「なんか気になってさ、ちょっとロードワークのコースを変えてみた」


つい数時間前まで一緒にいたはずなのに、私はまるで遠距離恋愛してる
相手と久しぶりに会っているかのように黒澤くんにしがみついた。


「まだ、言ってないの。言ってないっていうか、言えてない」


うん、とだけいって、黒澤くんは私の髪を撫でた。


「無理しなくていいよ、莉奈の思ったとおりにしていい。もしそれが結果と
してつらいことになったとしても、俺が莉奈を好きなことには変わりないし。
俺は変わらない」

そういうと、照れ隠しなのか黒澤くんは私に軽くキスをして空を見上げた。
そうだ、私には黒澤くんがいる。私はジャージの襟元を引っ張って近くに
黒澤くんを引き寄せると、初めて自分から黒澤くんの唇にキスをした。





それが私の、小さな決意。





家に帰ると、時間差でカナも食事を終えて今部屋に戻ったところよ、と
ママがいった。


「ゴメンねママ」


「え、何かいった?」


ううん、何でもない、といって私は階段を駆け上がって部屋に戻った。
これから私がしようとしてることで家族にも迷惑がかかるんだろうな、と
思ったらその言葉が自然に口から出てきた。だけど今ここでひとつ嘘を
ついたら、きっとさらに嘘を積み重ねていくことになる。さっきまでは
迷っていた。だけど黒澤くんに会って、私の気持ちは固まった。

大切な妹に、今から本当の気持ちを伝えに行こう。
たとえ激しく罵られてもいい、ずっと嘘をついてカナをだまし続ける
ことはやっぱり私にはできない。いつかわかってもらえると信じて、
私は自分の気持ちを正直に伝えることを選ぶ。カナと同じように私も
黒澤くんを好きなんだという気持ちを。


もう躊躇いはなかった。だって、私には黒澤くんがいる。


失うものなんて、何もないのだから。


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