その後のふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「ここをまっすぐ行けば、食堂」
「……あの、ありがとうございました」
わざわざ案内してもらい、わたしがぺこりと頭を下げると、七瀬さんは軽く肩をすくめた。
「いーえ。それじゃ、また。梼原さん」
心なしか『梼原』の部分を強調してから、七瀬さんはわたしたちとは逆方向に歩いていく。
……さっきの名前呼びは、あくまであの場を切り抜けるための手段だった、ってことなんだろうな。
ていうか、まさか助けてくれるなんて、思ってなかったんだけど……。
だって、朝に鉢合わせたときは、挨拶もしなかったのに。
なんだか拍子抜けだ。
遠ざかっていく七瀬さんをぼうっと眺めていると、
「ね、ちょっと愛花! 誰なの、あのイケメンは! 知り合い!?」
目を輝かせた美月が、ぐっ、と詰め寄ってくる。
「えと、……お隣さん。この間、引っ越してきて……」
「お隣さん、って……。おーちゃんといい、愛花のマンション、イケメンしか越してこないわけ?」
「……そういうわけじゃ、ないと思うけど」
おじいちゃんおばあちゃんも、住んでるし。
なんて、的外れなことを考えるわたしに、美月は納得がいかない様子で、「わたしもそこに引っ越そうかなあ」なんて的外れなことを言い出した。