とある企業の恋愛事情 -ある社長令嬢と家庭教師の場合-
第9話 一羽の雛
 翌週、聖は社内に通達を出した。

 今月中に各部署ごとに内部調査を行うという内容だ。まずは各自にメールを送り、アンケートに答えてもらう。その後それぞれの部署を訪問し、実際に調査するという。

 だが、内部調査なんてただごとではないと、社員はみな震え上がった。何かあるのではと警戒していた。

 聖は「全体を把握するために必要なこと」と言っていたから、書類上だけでは分からないことを知りたいのだろう。

 聖は本堂と俊介の二人を呼ぶと、書類を一式渡してきた。それには今回行われる調査に関することが書かれていた。

「ある程度はアンケートでわかると思うんだけど、それだけじゃ分からないから私自身でも調べてみるつもり。それで、はじめさんと俊介にも動いて欲しいと思っているの」

「調査、なあ……?」

「私相手じゃみんな本音を言ってくれないわ。だから二人にも協力して貰いたいの。そこに書いてあることを調べて、まとめて私に報告してちょうだい」

「聖、この類の調査なら去年の資料に────」

 俊介は紙をめくった後、反論した。本堂もちょうど同じことを考えていた。社内では定期的にアンケートが取られているし、各部署から報告が上がるようになっている。聖も知っているはずだった。

「それは見たから知ってるわ。私が知りたいのはそういうことじゃないの。もっと現場の直接的な──本音が聞きたいのよ。あれだけじゃ不十分」

「とりあえず、書いてあることをやればいいんだな」

「ええ、お願いね」

 聖はそう言うとまたデスクに視線を落とした。
 
 本堂と俊介もデスクに戻り、再び資料に視線を落とす。俊介は資料を見ながら首を傾げたままだ。本堂も、まだ不可解に思っていた。

 俊介の言う通り、各部署の内部報告は既にいくつかまとめられている資料が存在している。わざわざ何度もやる意味はない。

 本来ならばこの手の調査は管理部や総務部がやるというのに、聖自らがやる意味はなんなのだろう。

 恐らく、信用していないとかそんな理由ではないはずだ。聖なりに知りたいことがあるのかも知れない。

 聖の腹心の俊介ですら、これには疑問を感じているようだった。

「秘書にも分からねえってか?」

 本堂が茶化すように尋ねると、俊介は資料を見つめたまま眉間にしわを寄せた。

「俺は別に聖のことなら何でも分かるわけじゃない。けど、聖は意味のないことはしない。だったら黙ったやるだけだ」

「……下らねえな」

「サボらずにちゃんとやれよ」

「お前に言われなくても最低限はやってやる」
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