とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 一ヶ月ほど後のことだった。美帆は再び良樹に出くわした。

 良樹は前回と同様受付に来た。大学の頃と違ってなんだか様になったスーツ姿が眩しい。美帆は良樹の用件がすぐに分かった。

「合格したんだね」

「さすが、もう知ってるのか?」

「そんなわけないでしょ。良樹以外の合格者も来てるんだから」

 今日は合格者に対して説明会が行われると聞いていた。その会議室の手配をしたわけだから、良樹がくれば合格者だと分かって当然だった。

 ────やっぱり、受かったんだ。

 美帆は少々複雑な気分だった。元彼と同じ職場だなんて、いくら未練がなくても気まずい。良樹が今の自分の噂を聞いてしまわないか心配だ。

「十八階にある会議室に行ってね。もう何人か来てるから」

「ああ、サンキュー。じゃあ、美帆も仕事頑張れよ」

 良樹が去ると、美帆は「さてと」、と振り返った。

「ちょっと沙織。穴が空きそうだからいい加減その目を閉じて」

 案の定、沙織は昼ドラを見る主婦のように楽しげに眺めている。

「なるほど……あれが例の元彼ね。確かに正統派イケメンだわ。八十九点」

「ちょっと。人の元彼に点数つけないでよ」

「なんだか津川さんとはちょっと違うタイプね」

「まあ、そうかもね」

「なんであの人と付き合ってたの?」

「うーん……」

 大学の頃のことなんて正直あまり覚えていない。良樹は学部も違うしサークルも違った。偶然大学のイベントを通じて知り合った間柄だ。

 そこから仲良くなって、なんとなく雰囲気で付き合った。大恋愛をしていたわけではない。
 
 良樹はどちらかといえば友達の延長だったかもしれない。一緒に騒ぐのが楽しくて、気を使わなくてもいい明るい性格が好きだった。

「そんな大した理由はないよ。なんとなくいいなって思っただけ。学生の頃の恋愛だし、勢いだよ」

「ふーん。しっかし、今年の合格者もなかなかレベル高いね」

「沙織ってばそればっかり」

「いいじゃない。目の保養よ」

 良樹はどこの部署になるのだろうか。中途採用者だから出世は厳しいだろうが、良樹は海外勤務経験もあるから営業部あたりが濃い線だろう。営業部なら関わる機会も多いかもしれない。

 昔は恋人だったが、今はただの友人だ。

 良樹は相変わらず明るい様子で昔のことを気にしているふうではない。元カレだなんてバレることもないだろうし、それほど気にする必要はないかもしれない。
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