とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 外に出るとじわりと熱が肌を焼く。お天道様の季節になった頃、文也はようやく馴れ始めてきた古谷を連れて取引先を訪れた。

 古谷は元事務員というだけあって社内の業務を理解するのが早い。これならもっと色々任せても大丈夫だろうと仕事先に同行させることにした。

「ちょっとは慣れてきたか?」

 挨拶を終えた二人は、取引先の会社を出て駅の方向に向かった。

 まだ少し幼顔の古谷はスーツに《《着られている》》ように見える。新卒感たっぷりの黒いスーツは初夏に見ても暑そうだ。

「はい。おかげさまで」

「うちは藤宮グループとしか契約してへんねん。今行った会社は藤宮の下請けな。覚えといて」

「じゃあ、藤宮グループの本社に行ったりもするんですか?」

 古谷の目が輝く。

 大学生や大卒の人間なら名前を聞いて目を輝かせるのも分かる。藤宮コーポレーションは「就職したい人気企業ランキング」の上位三位に食い込む会社だ。能力のあるないに関わらず入りたいと思う人間は多いだろう。

「まあ、多い方やな」

「へえ、楽しみです」

「ああいう大手は受けへんかったん?」

「……敷居が高すぎて受ける気にもなりませんでした。私そんなに偏差値高い大学出てないですし、藤宮なんか受けたら笑いものにされますよ。絶対落ちるに決まってます」

 文也はふと、瀬尾のことを思い出した。

 中途採用試験とはいえ、藤宮に受かったのだ。やはり瀬尾は只者ではない。

 そもそも今まであまり気にしたことがなかったが、美帆の周りはこんなエリートばかりだ。付き合ったからと言って安心している場合ではなかった。

「でも、社長もすごいですよ。お若いのに会社興してちゃんと利益出して……なかなかできることじゃないと思います」

「たかが中小企業の社長なんて威張ることやないやろ。その辺にもおるで」

「謙遜しないでください。社長は十分すごいですよ」

 新人社員のおべっかだとしても悪い気はしなかった。苦労して作った会社だから褒められて悪い気はしない。自分でも満足してたし、これからもっと頑張ろうと思っていた。

 しかし、最近になって思う。自分は美帆に釣り合っているのだろうか、と。

 年下。ややこしい実家。大人気ない性格────。

 小さい頃はエリートだとよく言われたものだが、それは実家が金持ちだからだ。そうでなければ大したことのない普通の人間だ。それなら美帆や青葉の方が余程エリートだ。

《《あんなこと》》で大人気なく怒って、美帆に格好悪いところを見られてしまった。「美帆に相応しい男」には程遠い。

「……すごいだけじゃ女にはモテへんねんな」

「モテたいんですか?」

「その辺の女ちゃうで。俺の彼女のこと」

「えっ! 社長、彼女いるんですか」

「おるで。めっちゃ可愛いの」

「そうだろうなと思ってましたけど、やっぱりそうなんですね。彼女さんってどんな人なんですか?」

「可愛い」

「それはさっき聞きましたよ。ふわっとしてて小動物みたいな女の子らしいタイプってことですか?」

 文也はうーん、を頭を悩ませた。可愛い可愛いとは思っているが、自分は一体美帆のどこが可愛いのだろう。

 普段はしっかりしているのに時々子供みたいに拗ねるところだろうか。それども素直じゃないところだろうか。それともベッドの上では従順な────いや、新人社員にこんなこと言うべきではない。

「まぁ……優しいところやな」

「なんか意外ですね。社長はキリッとした賢そうな人と付き合ってるのかと思ってました」

「それも外れやないけど……藤宮本社の人やからそのうち会うやろ。そん時見たらええわ」

「へえ〜っ楽しみにしてます!」

 ────今頃美帆は何をしているだろうか。

 安心できる要素がどこかにあればいいが、現状それは彼女の気持ち、しかないのだ。
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