とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
第23話 妬いたり妬かれたり
 六月某日。文也は先送りにしていた秘書採用の件を進めた。

 会社が大きくなってきて業務が増えたのにいつまでも一人で処理していると、雑務に手を取られて重要な仕事が進まないからだ。

 残業が増えると美帆に会う時間もままならない。今後のことを考えれば無駄な投資ではない。

 面接をしたのは十数名だ。どんな人間が来るかと思っていたが、秘書の仕事に応募しただけあって《《青葉秘書みたいな》》人間ばかりだった。

 秘書だから正確さは必要だし、臨機応変さも必要だ。だが、一番は相性だと文也は思っていた。

 お堅い性格は苦手なのでできれば明るい人間がいいし、気を使わなくていい人間の方が楽だ。

 そういうわけで採用されたのが古谷(ふるや)瑠美(るみ)だった。

 古谷は大学を出て商社の事務員として就職していたが、その会社の経営者が交代し、経営方針が大きく変わったため転職を決意したのだという。

 実際はどこまで本当か分からないが、古谷がこの会社を志望した理由は明るくて楽しそうな会社だと思ったからだそうだ。文也自身そういう会社を目指していたので、古谷を採用するのにそれほど躊躇いはなかった。

 事務員をしていた割によく喋るし、愛想もいい。秘書にしても問題ないだろうと踏んだ。

 とはいえ、最初から秘書として仕事できるかと言われたらそうではない。そのため仕事に同行してもらいながら仕事の一部を振るようにした。

「じゃあ古谷、午前中は事務の人に教えてもらってな。午後は打ち合わせ行くから用意してて」

「分かりました」

 基本的なことの伝達は事務員に任せ、文也は仕事に集中することにした。新人教育に会社のこと。考えることは山ほどある。はずなのに────。

 ────ほんまなんやねんあの男。

 文也は先日藤宮コーポレーションの前で会った男のことを思い出し、また苛立った。

 やたら美帆と馴れ馴れしく話していた。大学の先輩だと言っていたが、なぜそんな男が同じ会社にいるのだろう。

 確か、瀬尾といっただろうか。美帆とはどういう関係なのだろう。同じ学科だったのか、サークルが同じだったのか……。

 気になるが美帆には聞けない。この間はイライラして美帆の前でヤキモチを妬いてしまったし、これ以上醜態は晒せない。

 見た感じ、瀬尾は背が高くガタイがいい。見た目は悪くない。藤宮コーポレーションに入社できたということはアホではない。物腰が柔らかくて大人気ない態度を取る自分にも冷静な対応。爽やかな笑顔。

 ────どう考えても負けてるやんけ。

美帆は瀬尾に対し随分気を許しているようだった。だからか、どうも嫌な印象を抱いてしまう。大学の頃の美帆。自分が割り込めない過去。

 同じ会社になったのなら話すことも多々あるだろう。受付業務に戻りつつあると言っていたし、余計に会う頻度が高くなってしまう。それならいっそのこと秘書課に移動してくれた方が余程良かった。
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