とある企業の恋愛事情 -受付嬢と清掃員の場合-
 後日、すっかり顔色が良くなった津川が受付を訪ねてきた。

「どうも。約束通り体調元に戻して来ましたよ」

 ────前言撤回。

 津川はごきげんらしい。なぜそんなに機嫌がいいのか分からないが、にこにこオーラを振りまいてカウンターにもたれかかり、まるでデートに来た御曹司みたいだ。

 この間は滝川と似ていると思ったが、やっぱり勘違いだ。滝川と津川は似ても似つかない。

「もしかして、デートですか?」

 津川の態度はすっかり他の受付嬢達にも覚えられていた。隣に座っていた詩音が楽しげに尋ねると、津川も調子に乗って雑談を始める。

「そうなんですよ。ついにオッケーもらえました」

「わー! やりましたねついに……!」

「ついにじゃありません! 二人とも漫才やるなら後にしてくださいっ」

 全く困ったものだ。だが、津川の顔色は前より確実によくなっている。仕事が落ち着いて来たのかもしれない。

 それは嬉しいことだが、テンションがすっかり元通りになってしまっている。いっそしおらしい方が良かったのではないだろうか。

「ああ、そうそう。契約のことで話にに来たんですよ。坂口さんに繋いでもらえますか?」

「少々お待ちください」

 美帆は内線を坂口に繋げた。だが、坂口は出先にいるらしい。今から戻るところらしいが、一時間ほどかかるそうだ。

「────だそうです。津川さん、どうされますか?」

「それじゃあ、このまま待たせてもらいます」

「空いてる部屋にご案内しましょうか」

「いや、ロビーにいるから。それか、杉野サンが付いてくるならお茶でも行くけど」

 津川はニヤりと笑みを向けた。

「馬鹿なこと言わないでください。私は仕事中ですよ」

「だって、原田さん」と、津川が詩音に会話を振る。

「今受付空いてますし、来客予定もありませんから抜けても大丈夫ですよ。私が見ておきます」詩音は問題ないと告げた。

 美帆は呆れて言葉が出なかった。いつの間にこんな自由な職場になったのだろう。いや、確実に自分のせいだ。

「……私は会社からは出ません。上にミーティングルームがありますから、そこにご案内します」

 渋々言うと、津川は勝ったな、と笑みを浮かべた。




「怒ってる? 杉野サン」

 津川の前をスタスタ歩く。美帆は犬ころみたいに津川がついてくるのが分かって振り向かず言い放った。

「怒ってます」

「じゃあ、あの約束はなし?」

「それは……そんなことはない、ですけど」

 駄目だ。なんだか津川の顔が見れない。

 滝川といる時はもっと落ち着いた気持ちになるのに、津川といるときは落ち着かない。なんだかいつも翻弄されている気分になる。
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