目が覚めたら屈強な強面王子と入れ替わってしまいました ~お願い!筋トレは週一にして!~
 伯爵邸の四阿に転がり込んだ私は、両腕で抱えていた少女を長椅子に座らせ、上着を頭から被せました。
 そこで改めて顔を見てみると、見慣れた藤色の瞳がぱっちりと──眉間に皺が寄っていますが──私の方を捉えたのです。

 ああ、リシェル=ローレントがここに!

 己の身体が無事だったことをまずは喜ぶべきなのでしょうが、そうは問屋が卸しません。
 何せこのリシェルはブラウス一枚にスラックスを履いているばかりか、化粧すら施さずに外に出ていたのですから。
 しかも──。

「いやあああ! やっぱり! どうして肌着を着ていないのですか!?」

 素肌にブラウスを羽織っただけなんて、どこの露出狂なのでしょう。信じられません。私も先日は素っ裸でセイラム様を投げたり鏡を割ったりしましたけれど、それもやはりヴァルト様の脱ぎ癖が原因だったのです。

「ドレスは!? 先程は外で何をしていらしたのですか!」
「あんな実用性皆無のドレスなど着てられるか。よい天気だったから走り込みをしていただけだ」
「走り込み……? 私の体で……!?」

 道理でお母さまが絶叫するわけです。
 私は生まれてこの方一度も運動らしい運動をしたことがない上に、天気がよい日ほど屋内に籠りがちでした。
 改めて言葉にしてみると自堕落令嬢に聞こえなくもないですが──日焼けした令嬢なんて誰も見たくないに決まっています。
 況してや、殿方のように武術を嗜む身でもないのに、体を鍛える必要はないはずです!
 そう思って眦を吊り上げたのに、目の前にいるリシェル──いいえ、ヴァルト様は呆れを表した口調で告げられたのです。

「……ところで。俺の体に入ってるのは、リシェル=ローレントだな? お前、よくこの体で生きてこれたな」
「え」
「筋肉量がまるで足りん。あんまりにも痩せてるから、俺はてっきり(ばあ)さんにでも生まれ変わったのかと」

 婆さん。
 婆さん……?

 あまりの衝撃に言葉が出ず、わなわなと唇を震わせて胸倉を掴んでいると、それまで黙っていたセイラム様が慌ただしく間に割り込んできました。

「お待ちくださいリシェル様。殴ったらあなたの体が粉砕されますよ、どうぞ抑えてください」
「何だとセイラム、俺がこんな骨と皮だけの女に殺されるとでも」
「あんた今その骨と皮だけの体に入ってんですよ!!」
「ええい黙れ黙れですわ!! 誰が骨つきチキンですか!!」

 失礼極まりないお二人に我慢がならず、私は傍らにあった柱をぽかぽかと叩きました。
 実際のところ、また私は腕力を見誤って柱の表面をボコボコにしてしまったのですが、今は見ない振りをしておきます。


 ──閑話休題。

 ヴァルト様は私と同じように、数日前にこの伯爵邸でお目覚めになったそうです。見覚えのない寝室の景色に戸惑いながら、姿見に映る娘の姿に驚き、すぐさま侍女を捕まえて混乱を露わになさったとか。
 どうやら私とまるっきり同じ状況だったようです。いえ、私は全裸で大騒ぎ(大暴れ)してしまいましたが。

「ここが伯爵邸で、俺がリシェル=ローレントになってることまでは分かったが……娘の気が触れたと思ったのか、ローレント卿の方が錯乱してしまってな。なかなか屋敷の外に出れずに困ってたところだ」
「な、何をなさったのですか? まさか走り込み以外にも何か」
「別に。腕立てと腹筋とスクワットぐらいだ。ちなみに卿が気絶したのはスクワットを見られたときだな」

 そう言いながら、実践とばかりにヴァルト様が足を肩幅に開き腰を落とし始めます。あやうく殴りかけましたが、辛うじて怒りを鎮めた私は大きく息をつきました。

 ──ヴァルト様は全く「リシェル」を演じる気がない。

 それだけはこの短時間でよく分かりました。
 何たってヴァルト様は私の姿でも普通に体を鍛えようとしますし、口調もそのままに両親と話していらっしゃいます。今だって椅子に腰掛けながら脚を開いたままですし。

「ヴァルト様っ、スカートを穿くときは絶対にそんな座り方をしないでください」
「穿く予定はないぞ」
「あるんですっ、近々!!」

 細心の注意を払ってヴァルト様の肩を揺らし、私は必死に言い聞かせました。

「今度、エゼルバート公爵家のアランデル様とお会いする予定があるのです。私、もうそろそろアランデル様と婚約するかもしれませんの!」
「ほう。あのモヤシみたいな奴とか」
「あなたから見れば全ての人間がモヤシか鶏ガラみたいに見えているのでしょうけど! とても素敵な殿方なのですから、絶対に粗相をしないでください!」

 ヴァルト様は何とも面倒臭そうな色をお顔に宿し、溜息まじりに視線を逸らされました。私、こんな険悪な顔も出来ますのね。
 いえそれは置いておいて、これは一刻も早く元に戻る方法を探さねばなりません。数日後のアランデル様とのお茶会には間に合わないとして、どうにかヴァルト様と口裏を合わせて苦境を乗り切らなければ──。
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