とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 綾芽が務める花屋は大きな商業施設の一階角にあった。外に面しているから外からも中からも入れるようだ。

 俊介は店の前辺りに車を停め、綾芽が出てくるのを待った。

 以前勤めていた店よりこちらの方が繁華街に近く、規模が大きいように見える。店はガラス張りになっていて中の様子がよく見えた。

 一瞬、綾芽のような人物がチラッと通った。彼女は楽しく仕事しているようだ。それを見て俊介は安心した。

 やがて五時半過ぎになると、綾芽が店の中から出て来た。綾芽は自分の姿を探しているのか、キョロキョロ辺りを見回していた。どうやら、電車で来ると思っているらしい。

 俊介は窓を開けて綾芽を呼んだ。

「綾芽!」

 俊介の声が聞こえたのか、綾芽は俊介の方を向くとぱあっと顔を明るくさせた。懐かしい光景だ。以前はこうやって彼女に会いに行っていたのだ。

 綾芽は俊介の車の助手席の扉を開けて、失礼しますと言って乗り込んだ。

「お疲れ様」

「お疲れ様です……あの、俊介さ────」

 なんだか堪え切れなくなって俊介は綾芽を抱きしめた。堪え性がないが、綾芽がここにいることを確かめたかった。

「あ、あの……俊介さん……っ」

「ごめん……少しでいいから……」

「その、そうじゃなくて、あの……人が見ています……!」

 ハッとして慌てて離れた。また忘れていた。ここは大通りに面しているのだ。俊介の車の窓ガラスにはフィルムも何も貼っていない。つまり、外から丸見えなのだ。

「わ、悪い……」

「もう少し、落ち着けるところに行きませんか」

 確かに、ここでは落ち着いて話ができなさそうだ。店に入れば人がいるし、騒がしい場所だとムードがない。

 俊介はいくつか候補を考え、綾芽に尋ねた。

「外でもいいか?」

「え? ええ……」

 綾芽はその言葉の意味をまだ分かっていないだろう。俊介はニッと笑うと、アクセルを踏んだ。
< 121 / 131 >

この作品をシェア

pagetop