とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 翌日朝、俊介はかつてないほど後悔していた。

 浮かれ気分で出勤したものの、ロビーに入った瞬間から受付嬢達に「おめでとうございます!」と言われ、なんだかやけに視線を浴びた。それはエレベーターに乗るまでずっと続いた。

 居心地の悪さの原因は、昨日のプロポーズだ。それしかない。自分がやったこととは言え、もう少し冷静になるべきだったと猛反省した。

 秘書室に入ると、ニヤニヤした本堂と恐らく彼に何か吹き込まれたであろう真琴がいた。もう次に何を言われるか分かり切っている。

「よお、公開プロポーズした青葉秘書じゃねえか」

「お前は……どこから聞いたんだ」

「どこもかしこもだ。大体受付嬢に見られた時点で吹聴されるって分かるだろ」

 お喋り好きな彼女達は昨日からの間にいったいどれだけの人物にこのことを伝えたのだろうか。恐らく数日中に全社員に行き渡るだろう。仕事の伝達事項もそのぐらい早く回してくれればいいものを────。だが、自分が巻いた種だ。

「もうそれぐらいにしてくれ……昨日散々聖に怒られたんだ」

「聖も見たかったって言ってたぞ」

「おい」

「冗談だ。ま、いいじゃねーか。慶事なんだ。誰も文句言わねえよ」

「最悪だ……」

「その言葉、うっかりお前の相方が聞いてたらどうするんだ」

 俊介は思わずバッと周囲に視線をやった。綾芽がこんなところにいるわけがないが、本堂に言われるとどきっとしててしまう。

「冗談やめてくれ。お前のは心臓に悪いんだ」

「冗談だ」

 だが、本堂が言った通りその日の業務中散々社員達から質問を受けることになった。

「あれは誰ですか」、「結婚はいつごろですか」、「おいくつぐらいの人なんですか、」エトセトラ────。

 さすがの俊介も辟易したが、今まで綾芽の存在を匂わせておかなかったせいだろう。いつまでも独り身の社長秘書が公開プロポーズしたのだ。社員も興味が湧くに違いない。

 おかげで俊介は穴があったら入りたいぐらい恥ずかしかったが、人生の大一番には勝てたわけだ。ある意味、恥をかいただけの結果は得られた。
< 124 / 131 >

この作品をシェア

pagetop