とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 数日後の木曜。俊介はいつもと同じように公園に向かった。

 綾芽はいつもと同じベンチに座って待っていた。先日は途中で仕事が入ったが、今日は大丈夫だろう。

「先週は悪かった。突然帰ってすまない」

「もういいですよ。メッセージでも謝ったし、この間も会って謝ってくださったじゃないですか。それに、別に私が損をしたわけじゃないんです。気にしないでください」

「わざわざ時間をとってくれてるのに途中で帰るのは失礼だろ」

 そう答えると、綾芽はおかしそうにクスッと笑った。その顔を見ると、ほんの少し気持ちが穏やかになって、そしてまたさざなみが立った。

 俊介は弁当箱を開けながらいつ話を切り出そうかタイミングを伺った。さりげなく誘えば綾芽も警戒試しないずだ。食事をしている時に、さらっと言ってしまおう────。

 綾芽が弁当箱からおかずを取って少しして、俊介はさも今思い付いたとでもいうように話を切り出した。

「そうだ、立花さん次の週の土日って空いてるかな」

「え、土日ですか? バイトが入っていますけど……」

 ────しまった。

 俊介は早くも後悔した。綾芽はほぼ毎日バイトを入れている。給料が高くなる土日なんてバイトしていて当たり前なのに、サラリーマンの感覚で尋ねてしまった。

「どうかしましたか?」

「あ……いや。実はその日、うちの会社のイベントがあるんだ。招待枠が余ってるからどうかなと思ったんだが、そうだよな、バイトが入ってるか……」

「……どんなイベントなんですか?」

「アクアリウムのイベントで、ちょっと夏祭りっぽい感じかな。いろいろ店も出るし、女の子なら楽しいと思うんだが……」

「青葉さんは、そのイベントに行くんですか?」

「ああ、行くよ。俺も企画に関わってるから。もし立花さんが来るなら案内しようと思ってたんだけど……急にすまない」

「────バイトはお休みできます。だから、大丈夫です」

 俊介の気持ちは一気に浮き立った。彼女にとっては生活のほうが大事だから断られても仕方ないと思っていたが、少なくとも、それよりも大事だと思ってもらえたということだろうか。

 いや、彼女のことだから気を遣ったのかもしれない。だとしても今日ばかりは遠慮するわけにはいかなかった。俊介は即座に分かったと答えた。

「よかった。それなら会社の方にもそう伝えておくよ」

 こうやって退路を絶って、大人気ないやり方かもしれない。それでも今は綾芽との時間が取れたことが嬉しかった。

「あの……そのイベントは、どんな格好をしていけばいいんですか」

「いや、普通の格好で大丈夫だよ。ショッピングモールでやるイベントだから、来るのも普通のお客さんばかりだし」

「そうですか……」

「また、詳細はメッセージで送るよ。楽しみにしててくれ」

 楽しみなのはむしろ自分の方ではないだろうか。俊介は小躍りしたい気持ちを必死に抑えてそれから別の話を振った。

 イベント当日はしっかりしなければならない。綾芽が来るとはいえ自分は仕事なのだ。しかも、自分が企画に関わっている大事な仕事だ。恋愛にのぼせている場合ではない。
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