とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 当日、綾芽は真っ新なワンピースとミュールを着て目的の場所へと向かった。

 そのショッピングモールは最近オープンしたばかりの、都内ではかなりの大きさを誇る複合施設だった。青葉の話では、ここを建設する際に藤宮グループが多額の出資をしたそうだ。
 
 施設の中には映画館や小さな動物園などが併設されているらしい。もちろん綾芽は目的の会場へ一直線に向かった。

 だが、会場は開場して少し経ったばかりだというのに、もう入り口には列が出来ている。相当人気らしい。

 綾芽は列に並んで、自分の番が来るまで待った。そうしてやっと自分の番が来た時、青葉に言われた通りスタッフに告げた。

「青葉さんから招待を受けた、立花です」

 スタッフはちょっと待ってください、と言って近くの長机に置かれていたバインダーを手にとった。それを見てありました、と言ってシリコン製の腕輪のようなものを渡した。どうやら、これが特別招待客、という証らしい。他の客はチケットの半券を受け取っただけだった。

 綾芽はそれを見るとなんだか自分が青葉の特別になったような気分になった。

 会場はすでに人でいっぱいだ。広場の中央にはとんでもなく大きな金魚鉢のような水槽が置かれている。中に泳いでいるのは本物の金魚だろうか。まだ昼間だからお祭りのような雰囲気ではないが、元々広場に置かれている変わったデザインのベンチや植え込みもあって異国に来ているような気分になった。

「えっと、青葉さんはどこにいるんだろう……」

 青葉は仕事だからスーツを着ていると言っていた。会場にスーツを着ている人間は少ない。それを目印に探せば見つかるだろうか。

 綾芽は少し会場をうろついた。やがてスーツを着た人間を見つけて近づいた。だが、その人は青葉ではなかった。しかし、どうも見覚えがある。どこで見たのだろうか。

「あれ? あなたは────」

 その男がいる方向とは逆方向から声がして、振り返った。そこにはあの聖という女性がいた。

「あ……」

「遊びにきたの? いらっしゃい」

「こ、こんにちは。お邪魔しています」

「俊介を探してるのよね?」

「はい。スーツを着た人がいたので青葉さんかと思ったんですけど、違う人でした」

「ん? ああ、あれね」

 聖は綾芽の向こう側にいる男性を見てクスクス笑った。

「あれは私の夫」

「えっ」

「俊介は多分あっちにいたと思うわ。楽しんでね」

 聖は手を振って男の方へ歩いて行った。

 ────どこかで見たと思ったら、あの男の人前に聖さんと一緒に歩いてた人だ。

 どうりで見覚えがあるわけだ。聖は男の元にいくと、二人揃って綾芽の方を見て笑った。

 藤宮コーポレーションは社内婚が多いのだろうか。結婚しても一緒に勤めているなんてよほど仕事が出来るのだろう。

 綾芽は気を取り直して青葉を探すことにした。

 
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