とある企業の恋愛事情 -ある社長秘書とコンビニ店員の場合-
 男性にプレゼントを買うのは初めてだ。綾芽は歩きながら俊介に何が似合うか考えた。

 俊介はサラリーマンだから、仕事で使えるようなものがいいだろうか。デパートの紳士服売り場に入り、ショーケースの中を見て回った。

 だが、何がいいか考える以前に、値段が高すぎて思考がそちら回らなくなった。デパートは普通の店よりはやや高級だ。それだけいいものが置かれているが、今の綾芽にはかなりハードルが高かった。

 予算は一万円までで考えていたが、俊介が使うようなものとなると安物を選ぶわけにもいかない。かといって、ハンカチは安すぎるしパンツを選んでそういうアピールはしたくない。店員に尋ねると他にも時計やネクタイを勧められたが、時計は高過ぎて買えないしセンスがない自分がおしゃれなネクタイを選ぶ自信はなかった。

 ────どうしよう。俊介さん何なら喜んでくれるかな。

 恐らく、俊介は無理して買わなくていいと言うだろう。そう言いながらも自分はちゃっかり何か用意している、そんな男だ。

 以前俊介からはイヤリングと花束を貰った。貰ってばかりでは、恋人として立場がない。

 ふと、歩いていると小物の店が目についた。店内は数人の女性客がいた。紳士ものの店だから、彼女たちも恋人に何か買いに来たのだろう。

 店内には鞄や筆箱、ペンなどサラリーマンが仕事で使いそうな小物がたくさん置かれていた。値段も高級すぎて買えないようなものはない。

 普段使いできそうなノーマルなものなら、俊介も使ってくれるかもしれない。綾芽はしばらく商品を見て周り、そこでプレゼントを購入した。



 店を出て、綾芽はようやく帰路に着いた。歩くのは慣れているはずなのにどっと疲れた。慣れないプレゼント選びをしたからだろうか。

 だが、これからはこういう機会も増えるだろう。普段からもっと俊介の好みを知っておいた方がいいかもしれない。

 行きたい場所があったら考えておいてくれ、と言われたが、クリスマスはどこも人でいっぱいかもしれない。夜景にしろ食事にしろ、予約を取ることは難しいだろう。

 だが、俊介がいれば別にどこでも構わない。一緒に並んで歩いているだけで幸せなのだ。

 彼はきっといろいろ考えているのかもしれない。もしかしたら、クリスマス特集の載っているデート雑誌を見て悩んでいるかもしれないし、本堂に聞いているかもしれない。

 俊介はとにかく真面目だから、初めてのクリスマスをなんとか成功させようとあれこれ思考を巡らせるだろう。

 ────本当にいつも、私のことを大切にしてくれてるよね。

 今は一人で歩いているが、特別寂しくはなかった。俊介がいると思えば────。

 ようやくアパートに着き、抱えていた荷物を膝の上に置いて、綾芽は片足立ちになるような格好で鞄から鍵を取り出した。

 錠穴に鍵を差し込み、ガチャリと回す。かちゃんと音がしてドアノブを回した。

「あれ?」

 だが、ガチャガチャと音を立てるだけでドアは開かなかった。鍵を入れ損ねたのだろうか。もう一度鍵を差し込み、回した。今度もガチャリと音を立てて鍵が開く音がした。ドアノブを軽く引くと、扉は確かに開いた。

 まさか、開けっぱなしで出かけていたのだろうか。心臓をヒヤリとしたものが駆け抜ける。そのまま覗き込むように扉を開けた。
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