交際期間0時間の花嫁 ――気がつけば、敏腕御曹司の腕の中――
不穏なプロポーズ
 まるで悪夢を見ているようだった。それも二十七年の人生で最悪の――。

「大丈夫、みずほちゃん?」
「え? あ、え、ええ、大丈夫」
「でも……あなた、お顔が真っ青よ」

 なんだか水の中にいるみたいに、母の声がくぐもって聞こえる。
 わたしは椅子から立ち上がろうとしたが、突然めまいがして、また腰を下ろした。

「みずほちゃん!」

 母が慌てて駆け寄ってきた。

「……平気。ほんとに、大丈夫だから」

 私はかぶりを振って、なんとか口角を上げてみせた。

 鏡を見ると、青ざめてはいるものの、入念なメイクのおかげで、それなりにかわいらしい花嫁がこちらを見返していたけれど……もちろん本当は全然大丈夫じゃない。

 今日は五時起きだったし、お支度にはとんでもなく時間がかかったし、豪華なウエディングドレスは重いし……何よりあと一時間で結婚式が始まるというのに、花婿が書き置きを残して消えてしまったのだから。
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