恋愛タイムカプセル
 彼は人に囲まれ、楽しく談笑している。

 それはいつも私といる時の物静かな、彼の姿には見えなかった。完全に高校の時の彼そのものだ。

「ねえ……美緒。なぎさちゃん、見た……?」

「なぎさちゃん? ああ、来てたのは見たけど……」

「ごめん、ちょっと行くね」

「あ、朝陽っ」

 私は広い会場の中になぎさちゃんを探した。

 頭の中にひとつ浮き出たシミが、どんどん広がっていくのを感じる。そしてそれが、この数ヶ月私と彼の間に起きた事柄を汚していくように思えた。

 私はようやくなぎさちゃんの姿を見つけた。

 彼女は友達────美術部の部員と一緒に談笑している最中だった。活発な印象はあまり変わっていないが、背が高く、あの頃より大人っぽく見えた。

 息を吸い込み、意を決して話しかける。

「なぎさちゃん」

 声を掛けると、なぎさちゃんを含め美術部の女子達は振り返った。

 彼女は数秒私を見つめた後、「朝陽?」と口を開いた。どうやら私だとわからなかったらしい。

 至って平常心を保ち、笑顔を作る。大丈夫。彼女と私は別に険悪だったわけじゃないんだから。

 彼女も私に笑い掛けた。

「久しぶりだね。元気してた?」

「うん。なぎさちゃんも元気だった?」

「この通りだよ。今は客室乗務員やってるんだ」

 私はなぎさちゃん、そして美術部員達と世間話を交わした。

 内心ドキドキしながら、いつその質問をしようかとタイミングを窺う。

 しばらくして他の子達が料理を取りに行ったタイミングで、私はようやくその話を切り出した。

「私実は、なぎさちゃんにずっと聞きたかったことがあったの」

「何?」

 彼女は特に変わった様子もなく答えた。

「高校の時、なぎさちゃん春樹くんと付き合ってたでしょう。でも別れる前に、私に言ったよね。『春樹くんと別れようと思ってる』って。それに別れた後も。どうして私にそんなこと教えたの」

 あの時はなぎさちゃんに対し怒りの感情を抱いていたが、今はもうない。ただ、どうしてそんなことを私にわざわざ伝えたのか疑問に思っただけだ。

 覚えている限り、彼女は私に対し悪意を抱いていなかった。彼女はもともとさっぱりした性格だったし、好きな人が被っても怒り狂うようなこともなかった。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「それは……」

 私は心の中に生まれた疑念を払おうと必死だった。

「春樹くんが私を(あざむ)いた理由」を知りたくて必死だった。

 そこに曇った理由がないことを証明したかった。だから、彼らの別れに一体どんなことがあったのか知りたかったのだ。

「今だから言うけど、あれ、朝陽のせいだからね」

「……え?」

「別に朝陽のせいにするわけじゃないけど、彼と別れたのは────」

 なぎさちゃんが話している途中で、不意に私達の横に人影が現れた。

 私より早く、なぎさちゃんが「春樹くん」とその名を口にした。

 夢でも見ているのだろうか。近くに来ると、より一層彼が《《私の恋人》》とは別人に見えた。

 そして、ときめきとは別の、胸を圧迫するような焦燥感を覚えた。

「紺野さん、ちょっと話がある」

「え、私?」

 なぎさちゃんは驚いた様子で自分を指差した。

 彼は落ち着いた様子で頷き、私を一瞥して彼女と共にその場を離れた。

 何が起こったのだろうか。今。

 春樹くんとなぎさちゃんは二人で人混みの中に消えてしまった。それを止めることも出来ず、一体私は何をしているのだろう。

「うわー修羅場じゃない? あれ、王子と元カノでしょ」

「篠塚さんに別れさせられたって噂、本当だったのかな」

 放心する私の耳に心ない声が聞こえてくる。

 否定する気力もなく、私はとぼとぼと会場を離れた。

 喧騒から遠のき、人の目から開放されてやっと、私は深い息をついた。そして抑えていた涙が頬を伝った。

 ────なに、馬鹿なこと考えてたんだろう。春樹くんが私のこと選んでくれたんじゃないかって、勘違いして、舞い上がってたんだ……。

 けれど現実は違ったのだ。彼はそんなことなかった。

 私の中でまた、彼に対するたくさんの疑問が生まれる。

 ────私の誘いに応じたのは、私へ仕返しするためだったの?

 ────格好を変えて嘘をついてたのは、どうして?

 ────私に言ったことも全部、嘘だった? あのキスも?

 ────今でもまだなぎさちゃんのことが好きなの?

 ────春樹くん。私なんかと会わなきゃよかった?

 けれどそれに答えてくれる人はいない。
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