恋愛タイムカプセル
その日の仕事は散々だった。まず元気がない時点で結城社長に怒られたし、ぼんやりしていたせいで仕事も進まなかった。
そしてその間も、春樹くんから何度か着信があった。
いい加減私も彼が何かを伝えようとしていることに気が付いたけれど、怖くて出られなかった。脳裏には絶え間なく不安が過ぎる。
────もしまたフラれたら?
────全部嘘だって言われたら?
────最初から好きじゃなかったって言われたら?
私の中にある「優しい春樹くん」が崩れてしまいそうで怖かった。
「え!? じゃあ彼はずっとダサい格好して嘘ついてたってこと!?」
由香の大声は居酒屋の賑やかしいBGMにすぐにかき消された。そう、と小さく答える私の涙声も、全部。
由香は眉を釣り上げて怒った。
「どういうこと!? じゃあ最初から、朝陽を騙そうとしてたってわけ?」
その言葉にまた涙がじんわりと滲む。テーブルの上に置かれたビールや枝豆がぼやけていった。
そうだろう。でなければあんなにガラッと変わるわけがない。
彼のあの様子は明らかにこなれていた。一日二日で、服装を変えただけではああはオシャレにならない。
「そんな男朝陽の方からフればいいのよ! いつまでも昔のことネチネチ覚えてるなんて女々しい男ね!」
「……もう、いいよ。終わったんだから」
────春樹くんなんて、好きにならなきゃよかった。
俯いたままボロボロ泣いていると、前の席に座った由香が立ち上がって私の隣に席を移した。慰めるように背中を撫でられると、私も気持ちも幾分か落ち着いた。
「朝陽、大丈夫だよ。失恋なんて、時間が経てば楽になるって。今はそう思えないかもしれないけど……」
「分かってる……」
「いい男なんていくらでもいるから。別にその「悪王子」だけじゃないでしょ。見る目なかったのよ。その男」
由香の話を遮るように私のスマホが鳴った。
けれど私は、その画面を見てまた固まってしまう。
「朝陽?」
「……彼なの」
「え、コイツ!?」
由香はギョッとしてスマホの画面をギロリと睨む。
「なんで電話が掛かってくるの?」
「……わからない。同窓会の後から、ずっとこうなの」
「……嫌がらせにしちゃ、長いよね」
着信は数分の間鳴り続けた。しかし音が収まったあと、今度はメッセージが届いた。
『朝陽、ちゃんと話したいんだ。頼むから電話に出て』
その文字を見て、また私の涙腺が緩む。
彼は一体どうして、ここまでするのだろう。傷付くぐらいなら縁を切っておしまいにしたい。その方がずっと楽だ。思い出を汚さずに済む。
「……ねえ、朝陽。何か、勘違いしてるってこと、ないの?」
「勘違い……? まさか。だって、彼は私じゃなくて元カノと一緒に行っちゃったんだよ」
「まあ普通に考えたら彼女を置いて元カノと話すって失礼なんだけど、これだけ電話してるんだから、何かあるんじゃないの」
「何かって……別れ話でしょう。別にそんなの、メッセージ一つでいいじゃない。わざわざ会って聞きたくないよ。どうせフラれたんだし」
本当は由香の言うような可能性を一度も考えなかったわけではない。私だって彼と長い間一緒にいたのだ。彼のことはわかっているつもりだった。
けれどあの状況を一体どうやって肯定的に捉えろというのか。第三者が見ても一目瞭然だった。
《《二人が別れる原因を作った女が元カノと話していたので、王子が見かねて引き離した》》──そんなところだろう。
私もそう思う。そんなつもりはなかったけれど、誰が見てもそういう状況だった。
「でも朝陽は悪いことしてないんでしょ。高校の時のことも勘違いならちゃんと訂正しておいた方がいいんじゃない」
「もういいよ」
「けど……」
「噂を信じるってことは、私のこと最初から信じてないってことだもの。そんな人に言い訳しても、無駄だよ」
私と彼の間にはそんな強固な絆はない。ただ、小さな頃から知っていた。それだけだ。
それに案外、その噂は間違いではないのかもしれない。
あの時なぎさちゃんは言っていた。「朝陽のせいだからね」、と。詳細は聞けなかったけど、それでもう十分だ。私の存在が二人にとって邪魔になった。それは確かなのだ。
そしてその間も、春樹くんから何度か着信があった。
いい加減私も彼が何かを伝えようとしていることに気が付いたけれど、怖くて出られなかった。脳裏には絶え間なく不安が過ぎる。
────もしまたフラれたら?
────全部嘘だって言われたら?
────最初から好きじゃなかったって言われたら?
私の中にある「優しい春樹くん」が崩れてしまいそうで怖かった。
「え!? じゃあ彼はずっとダサい格好して嘘ついてたってこと!?」
由香の大声は居酒屋の賑やかしいBGMにすぐにかき消された。そう、と小さく答える私の涙声も、全部。
由香は眉を釣り上げて怒った。
「どういうこと!? じゃあ最初から、朝陽を騙そうとしてたってわけ?」
その言葉にまた涙がじんわりと滲む。テーブルの上に置かれたビールや枝豆がぼやけていった。
そうだろう。でなければあんなにガラッと変わるわけがない。
彼のあの様子は明らかにこなれていた。一日二日で、服装を変えただけではああはオシャレにならない。
「そんな男朝陽の方からフればいいのよ! いつまでも昔のことネチネチ覚えてるなんて女々しい男ね!」
「……もう、いいよ。終わったんだから」
────春樹くんなんて、好きにならなきゃよかった。
俯いたままボロボロ泣いていると、前の席に座った由香が立ち上がって私の隣に席を移した。慰めるように背中を撫でられると、私も気持ちも幾分か落ち着いた。
「朝陽、大丈夫だよ。失恋なんて、時間が経てば楽になるって。今はそう思えないかもしれないけど……」
「分かってる……」
「いい男なんていくらでもいるから。別にその「悪王子」だけじゃないでしょ。見る目なかったのよ。その男」
由香の話を遮るように私のスマホが鳴った。
けれど私は、その画面を見てまた固まってしまう。
「朝陽?」
「……彼なの」
「え、コイツ!?」
由香はギョッとしてスマホの画面をギロリと睨む。
「なんで電話が掛かってくるの?」
「……わからない。同窓会の後から、ずっとこうなの」
「……嫌がらせにしちゃ、長いよね」
着信は数分の間鳴り続けた。しかし音が収まったあと、今度はメッセージが届いた。
『朝陽、ちゃんと話したいんだ。頼むから電話に出て』
その文字を見て、また私の涙腺が緩む。
彼は一体どうして、ここまでするのだろう。傷付くぐらいなら縁を切っておしまいにしたい。その方がずっと楽だ。思い出を汚さずに済む。
「……ねえ、朝陽。何か、勘違いしてるってこと、ないの?」
「勘違い……? まさか。だって、彼は私じゃなくて元カノと一緒に行っちゃったんだよ」
「まあ普通に考えたら彼女を置いて元カノと話すって失礼なんだけど、これだけ電話してるんだから、何かあるんじゃないの」
「何かって……別れ話でしょう。別にそんなの、メッセージ一つでいいじゃない。わざわざ会って聞きたくないよ。どうせフラれたんだし」
本当は由香の言うような可能性を一度も考えなかったわけではない。私だって彼と長い間一緒にいたのだ。彼のことはわかっているつもりだった。
けれどあの状況を一体どうやって肯定的に捉えろというのか。第三者が見ても一目瞭然だった。
《《二人が別れる原因を作った女が元カノと話していたので、王子が見かねて引き離した》》──そんなところだろう。
私もそう思う。そんなつもりはなかったけれど、誰が見てもそういう状況だった。
「でも朝陽は悪いことしてないんでしょ。高校の時のことも勘違いならちゃんと訂正しておいた方がいいんじゃない」
「もういいよ」
「けど……」
「噂を信じるってことは、私のこと最初から信じてないってことだもの。そんな人に言い訳しても、無駄だよ」
私と彼の間にはそんな強固な絆はない。ただ、小さな頃から知っていた。それだけだ。
それに案外、その噂は間違いではないのかもしれない。
あの時なぎさちゃんは言っていた。「朝陽のせいだからね」、と。詳細は聞けなかったけど、それでもう十分だ。私の存在が二人にとって邪魔になった。それは確かなのだ。