あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
(でも……森ちゃんは気付かなかったわ)

アキの正体に気付きもしなかった彼女は、本当に彼のことが(・・・・・)好きなのだろうか。
見た目や立場だけで彼のことを狙うというならいただけない。

(わたしはすぐに気付いたわ……)

それなのに“御曹司”だからというだけで騒ぐ彼女たちに、内心では苛ついてしまう。

そもそも見る人が見れば分かるレベルなのだ、彼の姿は。
後ろから見た立ち姿は、別にスーツだろうとカジュアルだろうと変わらない。
平均よりずいぶん高い背は、針金でも入っているみたいに背筋がシャンと伸びているし、足だって平均男子よりずいぶん長い。顔だって、鼻から下はそのままだったのだ。

(そんなことにも気付かない人に、彼のことをどうこう言って欲しくないわ)

イライラと心の中でそう呟く。
あの試飲の時に芽生えた小さな(もや)は、いつの間にかわたしの中で大きくなっていて、あの中の誰かが彼の隣に立つと思うと、それだけでお腹の辺りがグツグツと沸くような感覚に襲われた。

(この感覚って……)

もう長いこと感じたことがなかったその感覚。
もう二度とそんな気持ちになることはないだろうと思っていたそれは―――。

『嫉妬』

(いやいやいやいや……そんなわけない!わたしはアキのことなんて好きじゃないもの……)

年下でエリートで御曹司で、おまけに心の奥に永遠の想い人を飼っている相手に落ちるなんて有り得ない。不毛中の不毛。始まる前から失恋確定案件だ。

(あぶないあぶない……また変なフラグ立てるところだったわ……)

斎藤(あれ)で学習したのだ。モテるエリートに二度も捨てられるなんてごめんだわ。

バカバカしい妄想のような思い付きを振り払うべく、大きく頭を左右に振る。二三度往復させたところで、自分を呼ぶ声に気付いた。

「…ん、……い?…ずさん、……ていい?」

「え、……あ、はい」

何、どうしたの?―――そう訊こうと顔を上げた瞬間。

いきなり口を塞がれた。



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