あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
陶器のような白い肌。
長い睫毛が飾る二重まぶた。

見開いた両目の視界を占拠するそれらに、一瞬見惚れる。

(あれ、メガネがない……)

視界にいつもの黒縁メガネがないことにもすぐに気が付いた。
でもきっと、問題はそこじゃない。

唇に感じる柔らかな感触と彼のドアップ。
そこから自分が置かれている状況を(かんが)みるに、それは『キス』と言う名の接触に間違いなくて―――。

状況を理解した瞬間、唇の隙間からぬるりとした温かいものが忍び込んで来た。

「んっ!」

抗議の声を上げようとしたけど、口が塞がれているから言葉にならない。
その隙に、間にも咥内の侵略者は、わたしの舌を深く絡め取ると、裏も表も余すところなく舌でなぞり始めた。

そこに甘い蜜でもあるのかと問いたくなるほど丹念な愛撫に、理性が警鐘を鳴らすよりも早く、頭と体がとろんと(とろ)けだす。

まるで自分が極上のチョコレートにでもなったみたい。


(や、…だめ……でも………)

クチュリ、と唾液が立てる水音と、早まる鼓動が耳の奥に大きく響く。だけど同時に、胸がそれとは別に大きな音を立てているのに気が付いた。

本当に音がするわけじゃないそれは、三年前に橋から落としたスマホと一緒に川に沈めた感覚(もの)

そう。言葉にするなら『きゅん』。

それがどういうものかなんて、誰に訊かなくても分かっている。

『恋』―――それは誰かを好きになること。

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