あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「せめてタクシーを手配するから、少しだけ待ってて」

言いながら彼はどこかに向かった。どうやらコンシェルジュカウンターのようだ。

遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、わたしはそっと溜め息をつく。

(電車で帰りたかったのにな……)

ここに来た時からずっと、ふわふわとまるで雲の上にいるみたい。
でも、こんな夢みたいなことなんて長く続かないと分かってる。
もしかしたら次の一歩で空の上から真っ逆さま―――なんてことになりかねない。

早く現実に戻らなければ。
十二時の鐘なんて待ってられない。ガラスの靴もかぼちゃの馬車も、最初からわたしは何も持っていないのだから。


ぼうっとその場に立ち尽くしていた時、突然後ろからきた衝撃に押された。

「きゃっ!」

成す術もなく声を上げながらその場に膝を着く。
幸い床がふわふわの絨毯で痛くはなかったし、スカートじゃないからめくれて下着が見えることもない。

パンツタイプのオールインワンにしといてやっぱり良かったな。

なんて、一瞬考えているうちに、太ももにひやっとした感覚が。
わたしは膝を着いたまま勢いよく振り返った。

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