あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。

男の子に手を引かれてソファー席に向かう。
男の子の指さしている男性は、こちらに背を向けている。耳にスマホを当てているから電話中なのだろう。そのせいか、近付くわたしたちにはまったく気付いていないよう。

ソファーまであと三メートル、というところで、男性がスマホを下げた。男の子が握っていたわたしの手を離して、「ぱぱぁ」と声を上げて駆け寄っていく。

その声に、ゆっくりとその男性がこちらを振り向いた。

「っ!」

大きく息を吸い込んで、両目を見開く。
絨毯に足が縫い付けられたように、その場から動けなくなった。

結翔(ゆいと)

その人は男の子の名前を口にし、息子からわたしの方へ視線を移動させる。その一連の動きが、スローモーションのように見えた。


目が、合った。彼の顔がみるみる驚きに変わっていく。

どうしてこんなところに―――!?

彼の顔にそう書いてある。それはもちろんわたしにも。

息を呑んだまま固まるわたしの目に、彼の口が小さく「し、ず」と動くのが映った。

彼はあの元カレ。斎藤圭一(さいとうけいいち)だった。

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