あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
「アキのことが……わたしが好きなのは、きみなの……」
わたしがそう言ったあと、バスルームが静まり返った。アキはまるで一時停止を押されたみたいにピクリとも動かない。そんな彼に、わたしは(ほらやっぱり)と口に出さずに呟いた。
フラれるなら早い方がいい。今ならまだ傷は浅い。
ガッカリするようなホッとするような、複雑な気持ちが胸に押し寄せる。
「勝手に好きになってごめんね……もう会わない。そしたらすぐに忘れるから」
胸を締め付けるせつない想いを振り払うように、敢えて明るく言うと、「すぐに……」と呟く声。
『すぐに忘れる』なんて嘘。
きっと無理。絶対引きずる。もしかしたら永遠に忘れられないかもしれない。
だけど三年前の二の舞はもっと無理だ。出世街道を進んでいくエリートに遊ばれて、あっさり捨てられるくらいなら、潔くここで散りたい。もう二度とあの時の自分には戻りたくない。
わたしは努めて明るく軽い感じの声を振り絞った。
「ええ、そう。だから気にしないで。わたしのことなんて忘れて、あなたはあなたのあるべき場所に戻って、」
「勝手だな」
「―――っ、だからごめんって、」
「静さんは勝手だ」
再び謝るわたしの言葉を、アキの厳しい声がピシャリと遮った。
初めて彼が見せた有無を言わせない雰囲気に気圧されて、わたしは押し黙る。するとすぐ、アキの吐き捨てるような声がした。
「好きになってごめん?もう会わない、すぐに忘れるから気にするな?―――じゃあ、僕はいったいどうしたらいい……!?」
後ろから聞こえる声が、怒っているようにも苦しんでいるようにも聞こえる。
窓ガラスに映る歪んだ彼の顔が、せつなげに見える。
呼吸すら忘れて立ち尽くしていと、「さっきからずっと、僕の気持ちは置いてきぼりだ……」と寂しげな声。
せつなげな溜め息に耳朶をくすぐられ反射的に首を竦めた、その刹那。
「あなたが好きだ」
甘く艶やかに落とされた言葉に、わたしの胸が大きく打ち震えた。
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