あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
ハッとした。

そう言えば、この部屋に来てから一度として、彼はわたしの『ダメ』を聞いてくれていない。

何度口にしても無視されるそれは、彼との“協定条項”に合致しないせいなのだと今更ながら気が付いた。

『分かった?』と言って小首を傾げる彼の、妖艶な微笑みにクラリと酩酊して、カクンと膝が折れる。アキはそれをさらうように抱きとめた。


頭も躰も、熱く痺れてまともに機能しない。


されるがまま躰の奥を探られ、淫らに喘いで、快感に流される。バスルームに響く水音と嬌声が、どんどん大きさを増していくことに構う余裕すらない。

だから、彼がいつ履いているトラウザーズ(スーツのズボン)をくつろげたのか分からなかった。
両膝を大きく割られた瞬間、わたしは一瞬我に返った。

『アキ、ダメっ!』

執拗な愛撫のせいで滲んだ生理的な涙とは違う、本物の涙が瞳の縁に盛り上がる。
この期に及んでまだ『ダメ』だというわたしに、彼はきつく眉根を寄せた。

『そんなに嫌?僕に抱かれるのが……』

今にも襲いかかってきそうなほど、獰猛な欲を(たぎ)らせた瞳をしているのに、その表情はせつなく歪められて苦しそう。わたしはすぐに首を左右に激しく振った。

『ちがうっ……!』

『じゃあどうして……』

訊かれたことにすぐに答えることが出来なかった。

わたしが黙ったままでいると、アキは『もしかして、最初のときが良くなかったとか……』とひどくショックそうな顔になる。

ああ、だから!その顔に弱いんだってば!!

一瞬前までの色気の塊みたいな顔をしていたくせに、そんなふうに耳を下げてしょげられたら堪らない。獰猛な肉食獣から小さな猫に転身した彼に、わたしは成す術もなく口を開いた。

『……に……て、……が、……んて……の』

『え、なに静さん、よく聞こえな、』

『―――両想いになって初めてのエッチが……、お風呂場だなんてイヤなのっ!』
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