あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。


『馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ』



なんて愚かなのだろう。

一瞬でもいい。今夜だけでも彼女が手に入るのなら、あとはもう何も要らないだなんて―――。


彼女と過ごす最後の時間になるかもしれないと思うだけで、胸が痛いほど締め付けられてしまう。

だけど彼女が泣きながら叫んだ言葉に、横っ面を叩かれたような衝撃を受けた。

『ずるいわよっ……好きにさせるだけさせて!』

今なんて―――?
彼女は誰に『好きにさせられた』んだ?

半信半疑になりながら訊き返すが、彼女は意味の分からないことを口走る。

どうやら出会った日に僕が『傷心旅行、みたいなもの』と言ったことを、失恋したのだと勘違いしていたようだ。

それからお互いがお互いに少しずつ勘違いしていたことを(ほど)いた。


誤解が()けたせいなのか、妙に頭の中がクリアになった。自分の全神経が彼女に集中するのを感じる。

それはまるで獲物に狙いを定めた猛禽類。


『あなたを「好きにさせた」のは誰?』

一瞬の隙も見逃さないよう瞬きすらせず、そう口にした。

『アキが好き…!アキのことが……わたしが好きなのは、きみなの……』

彼女の言葉に胸が痛いほど高鳴った。

やっと欲しかった言葉が聞けた喜びに胸が震えたのも束の間。
彼女は『もう会わない』『すぐに忘れる』『あるべき場所に帰って』と言う。

喜びに満ちていた胸が、引き攣れるような痛みに襲われた。―――と同時に、腹も立った。

強引に彼女からその言葉を引き出した自分のことを棚に上げて、彼女のことを『勝手だ』と罵ってしまう。


『そんな自分の方が勝手だろう』

頭の片隅でもう一人の僕が言う。

『おまえの身勝手なわがままで、彼女を面倒な世界に巻き込むなよ』

そんなことは分かっている!

だけど満杯になったグラスから水がこぼれ落ちるように、僕は自分を止めることが出来ない。


『あなたが好きだ』


溢れ出る感情に突き動かされ、僕は想いを口にした。



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