あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
口の中に溜まる唾液をコクンと飲み下すと、それは妙に甘くて。
すぐ後から特有の香りが鼻に抜けて、その味の正体を思い浮かべる。

(これ……この味って……)

いつぞやも同じように味わったことをなんとなく思い返した時。

やっと唇が自由になった。


「やっぱり静さんはいつでも甘くて最高に美味しい。静さんと毎朝一緒だったら、いつものアレ(・・)がなくてもいいかもな」

わたしの上半身に乗ったまま彼が呟いた。

『アレ』というのは“チョコレート”のこと。低血圧で朝が苦手な彼は、起き抜けにチョコを口に入れて血糖値を上げてからシャワーに行く。そのことは、最初にわたしの家で過ごした三日間の時に知った。


まあ何でもいいけど、早く退いてくれませんかね!?

酸素を取り込むことに必死なせいで、頭の中の言葉は声にならない。

はぁはぁと荒い息をつきながら眉間に力を込めてグッと睨むと、彼はくっきりと大きな二重まぶたをパチパチと(しばた)かせた。

「あ、ごめんごめん。忘れてた」

何かを思い出したようにパッと目を開いたアキに、やっと上から退いてもらえるのかと少しホッとした時。

「おはよ、静さん」

ベビーフェイスに無邪気な笑顔を浮かべた彼は、わたしの唇に「ちゅっ」と音を立てた。

「は、は、はっ……」

ふるふると肩を震わせるわたしに、アキはいぶかし気な顔になる。けれどすぐにハッとした顔つきになった。

「あっ、もしかしてクシャミ!?―――やっぱり昨日のアレで冷えたのかも…!?」

慌てて掛布団を肩まで引き上げたアキが、心配そうに眉を下げて私の顔を伺い見る。

「ずいぶん無茶をさせちゃったからな……もし体調悪くなったらちゃんと言って?責任取って付きっきりで看病するよ」

とりあえず体がだるいのは熱が出たせいじゃないことは分かっている。彼が言うところの『無茶』のせいだ。

首を横に振りながらじっとりと睨むと、なぜか彼は元から垂れ気味の目尻をキュッと下げた。
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