あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
聞いたばかりの時は驚きが勝っていたけど、じわじわと実感が湧き始めたのだ。「課長の丁寧なご指導の賜物です」と頭を下げる。すると、その頭をわしわし(・・・・)と乱暴に撫でられた。

「わっ、なにをっ、」

「良かったな!静」

思いっきり顔をしかめたわたしとは反対に、彼は笑顔。“上司”というより“先輩”に近い彼の砕けた雰囲気に、ついつられてしまう。

「ありがとう。晶人さんが色々と教えてくれたおかげです」

「いや、俺は何も。静が元々優秀だからだよ」

「そんなことは、」

「あるだろ。俺は優秀な人材だと思ったからこそ、うちの中途採用をおまえに教えたんだから」

「……ありがとうございます」

嬉しいけれど、もったいないくらいの手放しの賛辞を貰って、慣れないわたしは顔が勝手に熱くなるのを止められない。開けっぱなしのドアには背を向けているから、他の人に見られる心配はないのだけど、正面に座っている晶人さんにはバレているだろうな。

顔の熱が早く引くようそっと深呼吸をしていると、晶人さんが「報告は以上だよ」と言って立ち上がった。

五分ほどで終わった面談。その内容を知ってしまうと、ドアを閉めなかったことにも納得だ。
きっと明日の朝イチにはコンペ結果が正式開示されるのだろう。ひと足早く本人への報告をしただけで、他の人に聞かれて問題があることでもない。

立ち上がる時に引いた椅子を机に戻し、出口へ向かおうとした時。

「静」

急に呼ばれて「はい」と顔を上げる。するとすぐそこに晶人さんが立っていて。
思ったよりも近いところにあった彼の体に、反射的に背中がやや反り返った。片足をわずかに引いて、「あの、まだ何か」と言いかけたところで、彼はわたしを見下ろして口を開いた。
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